2
そうして車に揺られながらしばらく大人しくしていると、目的地に着いた。
昼間だが人気の無い港に、大きな倉庫が建っている。この倉庫が件の殺人現場だろう。
「シャズー、銃要る?」
「要らん」
「昌巳、俺たちから絶対に離れないでくれ」
「は、はい!」
ハーリスたちは車から出て倉庫を見上げる。
「君は場所を移して待機してくれ。終わったら連絡する」
「分かりました」
男性は一礼したあと車に乗り、その場から離れた。
「あの、どうして車を別の場所に待機させるんですか?」
「怪異がどこから現れるか分からないからな。彼が襲われ、我々の足を無くしたら後々面倒なことになる」
「な、なるほど」
「それより、車の中で聞けなかったが……あの時君の家で着物を着た女性が居ただろう?」
「お母さんですか?」
「ああ。ずいぶん綺麗なお母さんだったな」
「あはは………実はあの人、ボクの義母なんです。名前は
と昌巳は少し俯きながら言った。
「え?じゃああの女は」
「花凜のお母さんです。だからボクと花凜は腹違いの姉妹なんですよ」
「ああ、だからあまり妹と似てなかったのか」
「シャズっ!」
「あ、アルバートさん気にしてないですよ?………今のお母さんはボクを本当の娘のように接してくれるんです。とっても優しい人で、お父さんの仕事のお手伝いもしたりして、ボクたち家族を支えてくれてるんです!」
「そうか………良い母親を持ったな」
「はい!」
ニコリと嬉しげに笑う昌巳にハーリスも笑う。昌巳にとって義理の母でも、本当の母親のように慕っているのだと分かった。
「よーし、さっさと殺人怪異見つけるか!」
アルバートがライフル銃を出し構える。その言葉にハーリスとシャズは頷き、四人は倉庫の中へ入った。
「おじゃましまーすっ」
「何を言っているんだ貴様は……」
「シッ、静かにしろ」
倉庫の扉は開いたままだった。そこから倉庫に入り、周りを警戒しながら奥へと向かって行く。
「あ、あの、アルバートさん」
「ん?なんだ?」
前に居るアルバートに、昌巳は小声で声を掛けた。
「シャズさんと、少しだけでもいいので仲良くなりたいんです……」
「いや、ホントにマジで無理してアイツと仲良くしなくていいって。シャズは元々ああ言う奴だからな。まあそんなことより、今日はお前の初仕事だから気合い入れてこーぜ!」
とアルバートは昌巳の肩を叩いて笑い掛けた。
そうして、四人は倉庫内を見渡しながら歩く。
しかし、
「………なあ、なんかおかしくないか?」
「ああ」
「確かに」
「え?ど、どうしたんですか?」
倉庫の真ん中まで辿り着く。しかしハーリスたちは中を見渡したあと、怪訝な顔を浮かばせた。昌巳は首を傾げながらハーリスたちを交互に見る。
「……死臭が無い」
「し、死臭?」
「なあ昌巳、確か三日前にここで死体が見つかったんだよな?」
「は、はい。このタブレットに乗ってる資料によりますと………」
「なら尚更おかしい。まだ三日も経っていないのに、あるはずの死臭はおろか血痕や怪異が居た跡すら見当たらない」
「えっ」
「昌巳、その資料をよく見せてくれ」
とハーリスが昌巳に手を差し出そうとした。次の瞬間、
「───!!」
シャズがいきなり昌巳の後ろ襟首を掴み引き寄せる。そして、昌巳が居た場所の地面から、突然大きな棘が隆起した。もしシャズが昌巳を引っ張らなかったら、串刺しになっていただろう。
「ひっ……!」
「ハーリス!!」
「怪異だ!!シャズは昌巳を守れ!!」
「くそっ、どこに居やがる!」
アルバートがライフル銃を構える。昌巳は地面から生えた棘を見て呆然とした。が、状況を整理するヒマは無かった。
四人の目の前で、突然景色がぐにゃりと歪み始めたのだ。
「えっ、何───?!わああああああああああッ!!!」
「ッ!!」
「!?シャズ!!昌巳ッ!!」
昌巳の足元に地面の感触が無くなった瞬間、昌巳は下へ真っ逆さまに落ちて行った。それをシャズは追い掛け共に地面の下へ。
ハーリスとアルバートの前で、二人は消えたのだった。
歪みが治まると、そこはもう倉庫の中ではなかった。まるで大きな洞窟のような、上下、右左が岩の壁となった長く大きい通路が広がっていたのだ。
「ハーリス!まさかコレ……!」
「ああ、異界だ」
二人は背中合わせになり、後ろと前を警戒する。
異界──
怪異が住まう別世界。現実世界によく似た異界もある。異界に迷い込んだら出口を探してそこから出るか、異界に誘い込んだ怪異を見つけて倒すか怪異自身が出口を開けてくれるしか元の世界に帰る方法は無い。
「なんてことだ、罠だったか!」
「罠!?」
「ああ。倉庫の殺人事件は真っ赤な嘘だったんだ!俺たちをこの倉庫に誘い込み、異界に閉じ込めることが目的だ!」
「なんでそんな手の掛かることすんだ?俺たちを殺るなら………」
「違う、狙いは俺たちじゃない。よく考えてみろアルバート。あの空港で怪異が現れた時、真っ先に狙われたのは誰だ?」
「!!まさか!!」
アルバートは顔を険しくする。
「狙いは───昌巳!?」
「ああそうだ。怪印の力を利用してあの子の命を奪うために、改造怪異を空港に寄越したんだ。さっきの攻撃もあの子を狙っていたしな。この異界も、邪魔な俺たちを分断して標的を安易に殺すために、怪異を操って異界を展開させたんだろう。前回は失敗したからな」
すると、何かがカサカサと近付いてきた。本来暗闇で見えない洞窟の空間だが、二人の目にはハッキリとその音の正体が見えていた。
まるで蜘蛛のような身体をした、長い髪を振り乱し笑う女の怪異が迫っていたのだ。
「コイツ、普通の怪異か?」
「だろうな。元々この異界に住んでいる怪異だろう」
「ちっ、早く二人を探さねえといけないってのに!」
「突破して昌巳とシャズを探すぞアルバート。シャズが居るから大丈夫だろうが、急いで二人を見つけて脱出するぞ!」
○
「───ぅ……」
「やっと気付いたか」
「え……………ぅわあッ!?」
ふわふわと光の粒子が昌巳の周りに漂う中、目を覚ますと、目の前にシャズの顔が間近にあった。驚いて声を上げると、シャズは横抱きにしていた昌巳をそのまま地面に落とした。
背中を打った昌巳は痛みで顔を歪め、背中を擦りながら起き上がった。
「いったあ………え?ここどこ?」
「異界だ。どうやら私たちは分断されたらしい」
「異界!?え、あ、ハーリスさん!!アルバートさん!!」
やっと自分の状況に気が付いた昌巳は二人の名前を叫ぶ。と、その口をシャズが手で塞いだ。
「静かにしろ。怪異に気付かれる」
「ふがっ…?」
「今さっき、怪異に襲われたばかりだ」
光の粒子が辺りを優しく照らす。シャズの足元には、バラバラになった怪異のものらしき死骸が転がっていた。
「ひっ!」
「異界には怪異がたくさん居る。怪印で狙われやすい貴様は、私が居なければ今頃コイツらの餌食になっていただろう。分かったならさっさと二人を探しに行くぞ」
「は、はぃ……」
シャズは昌巳に背中を向け、歩き出した。昌巳はその背中を追い掛ける。光の粒子に照らされているため、昌巳は難なく進むことが出来た。
「あ、あの」
「なんだ」
「探すのはいいんですが……どうやってお二人を見つけるんですか?」
「簡単だ。二人の気配を感じ取ればいい」
「え?」
「私たちは離れていてもなぜか場所が何となく分かるんだ。三つ子だからか、あるいは持つ概念が引かれるのか分からないがな。だが必ず二人は見つかる」
「す、凄いですね」
シャズはそれきり何も言わず洞窟の中を歩く。昌巳は居心地の悪さを次第に感じ、また口を開いた。
「き、綺麗な光ですね〜……シャズさんが出したんですか?」
「ああ………綺麗じゃない光なんてあると思うか?」
「な、無いです……すみません……」
失敗した……と肩を落とす。シャズと二人で行動している今、少しだけ勇気を出しシャズと仲良くしようと考えたが、どうやらそんなに上手くはいかないらしい。
「………あの、シャズさんは休日何してます?」
「貴様に関係あるか?」
「無いです………あ、ボクは本とか読んだりします……」
「……………」
「……………」
ダメだ。話が長続きしない。
「(やっぱり、シャズさんはボクみたいなド素人と仕事するなんて本当は嫌だったんじゃ………)」
「………何の本だ」
「っえ?」
「何の本を読んでいるのかと聞いている」
シャズはやっと昌巳に顔を向けた。昌巳はまさか反応してくれるとは思ってもなかったため慌て口ごもるも、
「れ、恋愛小説をしゅこしっ……!」
と思わず返したのだった。サングラスを掛けていたため分からないが、恐らくシャズは今目を見開いている。昌巳は「噛んだ……」と顔を赤らめて俯いた。
「………貴様もそう言うのに興味があるのか」
「あっ!その……花凜が「推理小説ばっか読んでないで恋愛でも見たら?」って言って持ってきてくれるんですっ」
「推理小説が好きか?」
「はい!あ、でも花凜が持ってきてくれた恋愛小説も好きです!」
「腹違いとはいえ、妹と仲が良いんだな」
「………確かに、花凜は腹違いの妹です。けどボクにとっては大切な大切な、自慢の妹なんです」
昌巳はバックに着けたヒイラギのキーホルダーを見た。
「あんな風ですけど、いつも怪異に狙われるボクを心配してくれます……とっても優しい子なんです」
「……その気持ちは分からんでもない。私も、ハーリスとアルバートはこの世で最も大切な存在だ」
そう呟きながらシャズは前に向き直る。アルバートとは喧嘩してばかりだが、やはり心の底では大切な弟だと思っているのだ。そう考えると、シャズに対しての思い込みが少しだけ直った。
「(怖くて取っ付き難い人だと思ったけど、やっぱり家族思いの良い人なんだ)」
だから、頑張ってこの人と少しでも仲を深め、三人の役に立とう。昌巳はそう新たに決意した。
すると、前を歩いていたシャズがいきなり止まった。
「どうしました?」
「……昌巳、貴様は少し下がれ」
「え?」
「早く下がれ!」
シャズに叱咤され、昌巳は思わず後ずさる。と、二人の前から何かが近付いてくる気配を感じた。
「な、何?」
昌巳はバックを抱きしめる。シャズは光の弓矢を展開し構えた。
ズシン、ズシン………
思い足音が次第に二人に近付いて来る。昌巳は肩唾を飲み、前をジッと見た。そしてシャズの光の粒子で照らされたソレは現れた。
赤い肌に数メートルはある巨体をした、まるで赤鬼のような怪異だった。ギロリと恐ろしい目付きでシャズと昌巳を睨み付ける。
「何匹来ようと同じこと。私に勝てると思って堂々と前から現れたか?」
■■■■■■ッ!!!
シャズが挑発するように笑うと、怪異は雄叫びを上げた。ビリビリと洞窟内を響き渡らせるほどの声に、昌巳は耳を塞いだ。
そして大きな握り拳がシャズに向かって振り下ろされる。しかし、それをシャズは難なく避けた。地面に大きなヒビが入り拳がめり込む。
「攻撃は単調。あの空港の怪異と同じ単純で馬鹿な奴だな」
とシャズは嘲笑う。それが気に食わなかったのか怪異は両手を伸ばしシャズを捕まえようとした。
すると、シャズは展開した光の弓矢を真っ二つに折った。しかし、その折った弓矢は輝く光の剣に変わり、怪異の両手を手首から綺麗に切断した。
■■■ーーーーーー!!!
「す、凄い……!」
昌巳は素早い動きで攻撃するシャズに圧巻していた。
シャズは二つの剣を弓矢の形に戻すと、そのまま怪異の頭に光の矢を打ち込んだ。怪異の額に光の矢が貫くも、怪異はよろけただけで倒れなかった。しかし、シャズはさらに二本、三本、四本と容赦なく矢を頭に打ち込み、そしてとうとう怪異は後ろに倒れ伏したのだった。
「ふう……やっと倒れたか」
シャズは光の弓矢を消し、そして怪異に背中を向けた。
「怪我は?」
「な、無いです!凄かったですシャズさん…!」
「凄いものか。ハーリスと比べたら私はまだまだだ」
「え?」
「ハーリスはもっととんでもなく、恐ろしい力を秘めているからな」
「それってどう言う────!?シャズさん後ろっ!!」
「!!」
昌巳が声を上げた瞬間、シャズは後ろを向いた。光の矢に頭を何本を貫かれたはずの怪異が身を起こし、鋭く尖った爪を伸ばしてシャズに振り上げる。シャズは咄嗟に後ずさるも、反応が遅かったからかスーツの前シャツが切り裂かれた。
その時、ブチリと何かがちぎれた。
「あっ…!」
母、ミーシャの形見である十字架のネックレスが地面に落ちる。怪異の爪でチェーンが引っ掛かり切れたのだ。しかも、ネックレスが落ちた場所は怪異のすぐ足元だった。シャズは危険を覚悟でネックレスに駆け寄ろうとする。
しかし、それより先に昌巳がシャズの背後から飛び出した。
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