深淵からの魔物

塩入秋人

第1話 終電

 電車の発車を合図するアナウンスの後、ホームで地下鉄発車を合図するメロディが鳴り響いていた。


 最終電車です。という部分は聞き取れた。焦っていた。

 

 秋月美咲(あきつきみさき)は階段を降りて地下鉄プラットホームにたどり着く。

 

 走って近くのドアへ急ぐ。電車のドアは美咲の目の前で閉まった。

 

 ホームドアを前にして黄色の点字ブロックの上で立ち止まる。


 車両ドアが開いた。


 急いで車内に乗り込んだ。乗務員が確認の際に美咲の事を見つけてくれたのかも知れない。

 

 車両へと乗車した。


 車両のドアが閉まり、ホームドアも閉まる。


 車内は、混雑はしていないが乗客はそれなりにおりロングシートは、一人ずつ人一人分間隔をあけて座れる状態だった。


 ロングシートの端の座席に腰を下す。バックを膝に置きリラックスし、化粧板に寄りかかった。

 

 終電。朝の通勤ラッシュとは異なる。疲労と緊張感が張り詰める朝の空気感とは異なり穏やかな静寂に包まれている。


 どの乗客もスマホを触っているか、寝ているかといった様子でいた。


 美咲はジャケットのポケットからスマホを取り出そうとしてやめた。億劫だった。


 寝てしまう危険性もあるため液晶画面を見てる方がまだましかもしれない。寝なきゃいけない時に限ってベッドに入ってもスマホを見てしまうのに。


 電車内のドア横、扉上、窓上には大学、コンタクトレンズ、転職サービス、歯科医院、自己啓発本、学習塾などの広告が並ぶ。


 次第に眠気に襲われる。ウトウトし始めた。寝過ごすのは避けたい。


 出費を抑えたいのでタクシーは使用しない。


 もし寝過ごしても始発までの時間を24時間営業の店で過ごすという選択肢も浮かぶ。


 ファミレス、ネットカフェ、居酒屋、スパ、カラオケボックス。選択肢はあるが歩いてでも自宅へと帰宅したかった。


 駅への到着毎に人の出入りで目が覚めるのと瞼が落ちるのを繰り返す。睡魔に勝てずにまぶたは次第に落ちていく。


 おぼろげな意識の中で各駅停車時に電子のアナウンスと駅員のアナウンスが聞こえる。



 近くに座っていたスーツ姿の男性が美咲同様、睡魔を堪えていたが手の力が抜け、タブレット端末を地面に落とした。バタンと音が響き、びっくりして美咲の目は覚める。


 美咲の向かいの座席には緑色の上着を着た、美咲と同年代くらいの暗い顔をした青年がいつの間にか座っていたのに気付く。



 突如として電車の外、トンネルに水が流れる音が響く。

 

 トンネル内に水が流れている。


「緊急停止します」

 

 切迫した声で運転士がアナウンスした。


「急停車します。ご注意下さい。Attenntion please. The emer・・・」

 

 続けて、急停車注意の女性の声での電子アナウンスも流れる。アナウンスが始まり車両は減速を始めた所で突如として、車両全体へと大きな衝撃と振動が走る。


 激しい金属音と暴力的な衝撃だった。


 衝撃を受けて、乗客全員が車両進行方向の通路やシートへと為す術もなく姿勢を崩し倒れ込んだ。


 車両は強制的に停車する。


 車両を揺るがす衝撃は次第に収まった。


 美咲はバックを下敷きに床に倒れ込んでいた。肘と膝が痛むが怪我はしなかった。


 車両の外、トンネル内にはまだ水の流れる音が聞こえていた。トンネルが浸水状態になっている。

 

 異常事態だった。

 

 天気予報で台風の接近、大雨になるという予報はなかった。地下鉄に乗車するまでに大雨が降っていたという事もない。大きな地震なによる津波流入?地震も起こっていない。地震が起きた場合はスマホが緊急地震速報をけたたましく知らせるはずだった。


 バックから体を起こし、座席へと座り直した。


 あたりの様子を見回す。

 

 車内は緊張感に包まれ騒然とした様子だった。車両内にいるほとんどの乗客は当然ながら驚きと戸惑いの感情を見せていた。

 

 乗務員によるアナウンスが流れる。


「ただいまトンネル内に異常がありました。状況を確認致します・・・そのまま車内での待機をお願い致します」

 

 アナウンスの後、進行方向と反対の隣の車両から制服を着た男性乗務員が移動してきた。車両最後尾にいる車掌だった。

車両にいる乗客全員が注目する。


「すみません、そのまましばらくその場で待機をお願いします!」

 

 先頭車両にいる乗客に繰り返し伝えながら早歩きで先頭車両を進んだ。乗務員室、運転室へと向かっている。


「事故ですか?」

 

 女性の乗客の一人が訪ねる。


「現在確認中です。そのまましばらくその場で待機をお願いいたします」


 美咲の前を通り過ぎる。


「そのまましばらくその場で待機をお願い致します」

 

 繰り返しながら車掌は運転室の引き戸を開け、中に入った。

 

 美咲は見ていたスマホへ再び目を向けた。

 

 運転見合わせの情報のみでまだこの状況に情報に関する報道機関が発信するニュースはなかった。SNSではこの地下鉄車両以外にも都内各所の他の車両、路線の複数の箇所でも同様の事態が起こっている様子がアップされている。

 

 車両待機で帰宅難民になっている状況を投稿していた。

 

 地下鉄トンネルが浸水し、至る所でトンネルの駅間途中や駅で車両が停車したままになっていた。

 

 少し時間が経過した後、びしょ濡れで蛍光ベストを着た鉄道会社の制服の男性2名が隣の車両から美咲のいる先頭車両へと移動してきた。最寄り駅の駅員だと思われる。

 

 浸水状態の駅を通ってきた。

 

 車両にいる全員が注目する。

 

 簡易の折りたたみ式担架を持っていた。

 

 美咲の前を通り過ぎる。

 


 美咲は類似の事例をネットで調べ始めた。

 

 アメリカ、ニューヨークで大規模停電が起きた際は、地下鉄の乗客も被害を受けた。地下鉄の乗客は救助が来るまで車両内で待機となった。真っ暗闇の中、地下鉄車両内で取り残された乗客を消防隊が救出しにきた。

 

 中国、河南省では異例の豪雨で地下鉄トンネル内が浸水状態となった。トンネル内駅間の途中で車両内に取り残された乗客と乗務員は水位が上がる中、各自自力で避難した。

 

 車掌が運転室の扉を開けて押さえた。駅員二人が担架に人を乗せ、運転室から出てくる。担架に横たわり乗せられているのは鉄道会社の制服を着た男性だった。

 

 最後尾から車掌と駅員が来て、先頭車両に行き、彼を運んできた。彼はこの車両を操縦していた運転士。意識を失っていた。彼は何らかの判断でブレーキを使用した際に怪我を負ってしまった事が窺えた。

 

 車両内を担架で進んで行く。


「撮らないでください」

 

 スマホで撮影をした人がいた。横に付きそう車掌が注意する。

 

 通過した後方の駅、茅田駅の方が近いため、全車両を通らなくてはならず人目に付いてしまう。

 

 2両目車両へと移動していった。

 

 怪我人が出て、トンネルは浸水状態となってる。不安と緊張の感情が少しずつ増していく。

 

 数分後、車内にアナウンスが入った。


「トンネル内の異常のためこれより避難を開始します。最後尾車両から避難をしていただきます。すでに停車して通過した後方の三川駅へ避難します。最後尾車両への移動をお願いいたします。一列になり、焦らずお進み下さい。これから乗務員が向かいます」

 


 避難の目処が立った。

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深淵からの魔物 塩入秋人 @Sioiri

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