【短編】転勤族から引っ越したい

ほづみエイサク

転勤族から引っ越したい

 私のパパは、いわゆる転勤族だ。


 初めての転勤は、私が小学3年生の時だった。

 突然パパの転勤が決まって、クラスメイトに別れを告げられないままに転校してしまった。


 それ以来、2年以上、1つの土地でとどまったことがない。

 北海道から福岡に転勤した時なんて『遠すぎない!?』と困惑したのを覚えている。

 


「いやー。こういう生活はたのしいな。毎日が刺激に満ちてるよ」



 パパはかなりの楽観主義で、転勤を楽しんでしまっている。


 だけど、ついていく家族にしては、たまったものじゃない。


 特に不満をためているのは、ママだろう。

 最低限の家事はしているけど、ずっと家の中でスマホを弄っている。

 本人曰く「どうせすぐに離れるから」とのことだった。

 SNSなどでの交流の方が、長く続くのだろう。


 一人娘の私はというと。



(メンドくさいけど、慣れてきた)



 とっくの昔に諦めていた。

 転校することに抵抗するのではなく、『転校するもの』として、学校生活を過ごすことにしている。


 友人達とは程よい距離感を保ち、最初から転校する可能性を告げてから接したりしている。


 そうすると腫物扱いされたり、変に同情されることがある。

 そんなんだから、不満がないわけじゃない。


 転校ばかりな境遇に、劣等感を覚えたことだってある。


 でも、自分なりに『我慢できる形』を模索して、今は落ち着いている。

 

 なんだかんだで楽観的に考えられる時点で『パパの血が多少は入っているんだ』と実感する。



 だけど、来年からは事情が変わってくる。



 私は今年で中学2年生だ。

 来年には、高校受験が控えている。

 高校進学したら、転校を繰り返すのは現実的じゃない。

 そんなことは、学校の成績がよくない私にだって予想がつく。


 そうだというのに、パパとはまともに話し合ったことがない。


 親子関係が険悪なわけじゃない。

 ただ、まともに話し合いができないだけ。 



「ねえ、パパ。私の進路、どう考えてるの?」

「好きな高校に行きなさい」

「ナニソレ。もっとちゃんと話したいんだけど」

「お前が決めた道なら、なんでも応援するよ」



 パパついつもこう・・だ。

 好きな高校に行きなさい、と言って、相談にも乗ってくれない。

 『放任主義』というよりは『娘の進路に興味がない』といった雰囲気だ。


 パパからの言葉には、全く温かみを感じられない。


 もし試験に受かったとしても『お金がない』とか『そんな場所には通えない』とか言われたら、たまったものじゃない。


 それ以前に、全く娘の相談に乗らないのは、親として失格ではないだろうか。


 思い出せば思い出すほど、腹が立ってくる。


 今まで、何度同じやり取りをしただろうか。

 何度話そうとしても「好きな高校に行きなさい」の一点張りだ。

 パパも忙しいのだろう。

 きっと、私と話す時間も惜しいのだろう。


 でも、私の貴重なピチピチ女子中学生タイムも無駄になってきたのだ。

 悩んだ時間も合わせると、丸々1週間分を超えるかもしれない。


 前回の期末試験で赤点ギリギリだったのも、この時間の浪費せいだ。

 タブン!



(こうなったら、意地だ!) 


 

 なんとしても、パパに相談してやる!

 真面目に話し合ってやる!


 私は昔から、思い立ったら行動が早い。


 その日は、引っ越しの準備をしていた。

 もう5度目の引っ越しだ。

 私もパパもかなり手慣れていて、あっという間に段ボールに荷物がしまわれていく。


 この技術を生かして、引っ越し業者で働けるかもしれない。

 そう自負してしまうほどには、引っ越し作業を極めてしまっている。


 ちなみにママはスマホを見ながら、ソファに座っている。

 手伝う素振りは全くないけど、いつものことだ。



「ねえ、ママ。ちょっとぐらいは手伝ってよ」

「だって、あなた達二人でやった方が早いじゃない。アタシは邪魔でしょ」

「そうだけど、少しは手伝ってよ」



 私がため息をつくと、ママは「ちょっと眠いから」とだけ言い残して、寝室へと向かってしまった。


 視線を移すと、パパは愛想笑いを浮べている。

 パパは、ママに強く言えない。

 私がいくら小言を言ったって、生返事しかしてくれない。


 この過程では、ママは大事に育てられたネコみたいな存在だ。


 いつもの私だったら、ここで愚痴の一つでも漏らすだろう。

 だけど、今は内心ガッツポーズをしている。


 だって、急いで作業しないといけない今だったら、パパは逃げられないから。



「ねえ、パパ」

「なんだ?」

「ちょっとお話しない? 私の進路について」



 パパの眉が、露骨に歪んだ。



「いつも言ってるだろ。好きなところにいけばいい」

「そんなんで納得できるわけないじゃん。私立に通えるお金はあるの?」

「家の懐事情なんて、子供が気にすることじゃない」



 いつも通りだ。

 いつも通り、腹立つ。

 


「ねえ。なんでちゃんと話し合ってくれないの?」

「話し合っているだろ。好きにすればいいんだ。お前は自由にすればいい」



 私の心がカッと熱くなる。

 ほとんど無意識に、口を大きく開ける。



「それって、全然話し合ってないから!」



 大声を出すと、パパは大きく目を見開いた。



「ねえ、そんなに私のことが邪魔?」

「そんなわけないだろ」

「じゃあ、なんで話を聞いてくれないの?」



 パパはすぐに答えない。

 今の私に、1秒も待つ余裕はない。



「全然、私の気持ち考えてないよね、それ」



 吐き捨てるように言うと、さらに空気が冷え込んでいく。



「私が話したいって言ってるんだよ? それを無視してるじゃん。何が私のためなの!? バカじゃないの!? そんなの、全然カッコよくないからっ!」



「ねえ、私、ついていかない方がいい?」



 自分のことながら、ズルい言い方だ。

 わかっている。

 でも、言わずにはいられなかった。



「ねえ、パパはなんでいつもそうなの? 私、何が悪いことしたかな!?」



 パパの息を呑む音が、異様に大きく感じた。

 私は息を殺して、パパの顔をじっと見つめた。


 パパの唇は、普段よりもシワシワだ。

 


「覚えているか? 小学2年生の時、お前イジメられていただろ?」



 私は「なんでそんな話をするんだ?」と疑問に思いながらも、コクリと頷いた。



「その時、アドバイスをした。『言い返してやれ』って」

「あったね。そんなこと」

「その結果、覚えているか?」



 パパは、とても悲痛な顔をしていた。

 その顔で気付いた。

 この出来事が、今の親子関係のはじまり・・・・なんだ。



「……もっと、イジメがエスカレートした」



 そうだ。

 言い返したら、イジメが悪化した。

 男子と女子では、イジメの解決方法は違う。

 世代でも異なってくる。

 それなのにパパは、自分の実体験をもとにアドバイスをしてしまったのだろう。



「わるかったな。あの時は」

「いいよ。過ぎたことだし」

「ああ、お前はそういうよな。あの時も、そういわれたよ。だけど、うなされていたお前の様子を見に行ったら、寝言を言っていたんだ」

「なんて?」



 パパは視線を下に向けた。

 小さい頃の、ベッドで寝ている私を見ているのかもしれない。


 全く、今の私をみていない。



「『ぱぱのせいだ』って」



 私は、パパの顔を見れなかった。

 唇が急激に乾いて、息が苦しくなった。


 手元には、片付け途中のアルバムがあった。

 気を落ち着けせるようにページをめくると、楽しそうな家族写真が目に入った。



「俺は不出来な父親だからな。下手なアドバイスは逆効果になると思ってな」

「そんなこと……」



 言いたいことがいっぱいあった。

 ありすぎて、頭が混乱している。

 それなのに、パパはさらに話を続けてくる。



「だから、俺にできるのは、環境を変えさせてやることだけだった」



 また、衝撃的な事実が投下された。



「え……」

「お前がイジメから逃げられるように、転職したんだよ。転勤が多い会社にな。お前には転勤とだけ伝えた」



 頭が混乱してくる。

 どんでん返しばかりで、思考が全く追いつかない。 



「ナニソレ」

「だって、お前は変に頑固だし、感情的だし、すぐにトラブルを起こすだろ。頻繁に環境を変えた方がいいと思ってな。それに、寝言で『てんこうしたい』って言ってた」

「……ナニソレ」



 話を聞くたびに、胸が熱くなって、頭が痛くなってくる。


 とりあえず、絶対に言わないといけないことはある。 



「ねえ、一つだけ言っていい?」

「なんだ?」

「なんで、寝言を信じるの」

「寝言は本心だろ」



 一拍あけて。



「はああああああぁぁぁぁぁぁぁ」



 思わず、大きなため息を吐いてしまった。

 無意識の言葉が本心・・だと思われるのは、ひどく傷つく。


 パパのために我慢することだって、ちょっと嘘をつくことだって、本心なのに。


 ああわかったよ。

 パパがその気なら、今から本心をぶつけてやろう。

 寝言じゃなくて、ストレートに。



「ねえ、私、今は転校ばかりの方がつらいんだけど」



 パパは、困惑したようにはにかんだ。

 


「そうか。お前、転校がつらかったのか」

「当たり前だよ。もっと仲良くなりたい友達だってたくさんあったし、イベントにも全く参加できなくて、何回も後悔した。イジメなんて、転校してから受けたことがない」

「……そうか」



 パパはどこか呆然としているけど、私の言いたいことは、まだある、



「パパ、早とちりしすぎなんだよ。思い込みしすぎ。それで会社の仕事は大丈夫? 何か大きな問題おこしてない?」

「やめてくれ! その言葉はきつい!」

「だって、今の私の本心だもん」



 そう言うと、パパは突然笑い出した。

 何が面白いのかはわからないけど、私もついに頬をほころばせてしまう。



「ねえ。パパの本当の気持ち、聞けて嬉しかった。これからはちゃんと私の話も聞いてね」



 そう言うと、パパは目頭を押さえた。



「いやぁ、成長したんだなぁ。こんなに立派になってくれて……」



 パパは大人気もなく、涙を流していた。


 私はそんなパパが少しかわいく思えて、ゴツゴツした手を握った。

 

 そういえば、パパの手を握ったのはいつぶりだろうか。


 小さい時は、なんでも包めそうなほど大きく感じだ。

 だけど、今は少し小さく感じる。



「ねえ、パパ。私はまだパパと一緒にいたい」

「そうか……。じゃあ、転勤をなんとかしないとな」

「なんとかなるの?」

「任せとけ。これでもパパは会社ではそこそこやるんだぞ」



 パパは力こぶを作ろうとしたけど、全然できていない。

 だけど、不思議となんとかするんだろうなぁ、と思えた。



「んー。さっきから何盛り上がってるの?」



 私たちの声で起きてしまったのだろう。

 目をこすりながら、ママがリビングに入ってきた。


 ママにも、この朗報を告げてあげないと。



「ねえ。ママ。パパ、もう転勤しないって」



 私の言葉を聞いて、ママは眠たげな目を見開いた。


 そして、寝言のようにモゴモゴと呟く。



「え、なんで転勤が終わり、って話になってるの? 気楽に不倫・・できてよかったのに」



 その瞬間、空気が凍った。

 私もパパも瞬きするのがやっとで、呼吸の音すら聞こえなかった。。


 ママは自分の失言に気付いて、冷や汗だらけの顔を背けている。



 ジ―――――――――――――ッ



 二人して、ひどく冷たい視線を向け続けた。


 すると観念したのか、ママはキレイな土下座をしたのだった。


 やっぱり、寝言は本心なのかもしれない。





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