待ち合わせのプリンアラモード

第10話 死神さんと三者面談

「はい、皆さん。そろそろ夏休みが近くなってきましたね。三者面談の時期も近くなってきたので、親御さんの都合がつく日を早めに知らせてください。それでは、帰りのホームルームを終わります」


 担任の声と共に日直が号令をし、学生達は起立、そして頭を下げた。季節は梅雨の終わり目、藍里とモルテが出会ってから数週間が過ぎていた。


 春の冷たさが消え、夏の温もりが素肌を覆うこの時期。黄泉平坂の茶処は、相変わらず客足はまばらだが、先の件に関わった哲達が度々訪れてきてくれている。仲間や手下などを引き連れ、毎回美味い美味いと褒め称えてくれるが、「ヤクザが出入りする店」と悪い噂も立ち始めたので藍里の心境は複雑であった。

しかしそんなものよりも今、藍里の心をざわつかせているのは……。


「三者面談、って。そんな、私には……」


 そう、三者面談である。学生とその親、そして教師が談笑を交えて学生生活を振り返る例のアレ。周りの学生達は軽いノリで「だるい」だの愚痴をこぼしているが、藍里はその比ではない。何せ、彼女は正真正銘の孤児であるから。


 両親も不在、祖母も鬼籍に入った藍里に、三者面談に来てくれる者などいない。こういった場合には二者面談に変更されると聞いたことがあるが、自分に家族などいないと公言されているみたいでどこか不服な気持ちである。


 藍里は頬を膨らませながら、三者面談のお知らせが書かれたプリントを指で弄んだ。


「こんなもの、こうしてやる……」


 藍里は似合わない悪人顔でプリントをペラペラと折って、紙飛行機でも作ってやろうと息巻いた。そのときである。


「藍里―! 聞いた、聞いた!?」


 友人の真美子が、藍里の目の前に滑り込んできた。藍里は散々折られたプリントを机に突っ込むと、急いで笑顔を作った。


「どうしたのさ? 真美子」


「いまね、校門に超イケメンなモデルさんが来てるんだって!」


「イケメン!? ど、どんな!?」


 人並に乙女心を持っている藍里は容易く食いついた。真美子は頬を赤らめると、それを両手で隠した。


「いやねー、黒髪の癖毛でね」


「うんうん!」


「背がすっごく高くて、リップは黒でさー。なんていうか、ゴシック系?」


「う、うん?」


「あと縞々のマフラーを巻いてた!」


「あー……」


 モルテだ。マフラーが決定打となり、藍里のときめきは砕け散った。あの男は暇さえあれば、藍里にストーカー紛いのことやちょっかいをかけてくるときがある。まさか、藍里の同級生にまで関わってくるとは。


「真美子、ちょっと行ってくる」


「うん! 藍里も一緒に写真撮ってくるといいよ!」


 健気に手を振る真美子に対し、藍里は通学鞄を抱えて憂鬱な表情を浮かべた。校舎から一歩踏み出すと、案の定校門には乙女の人だかりができていた。睨まれながらおしくらまんじゅうを抜けると、モルテが涼しい顔で女子達に腕を取られていた。


「ねえ、モルテさん! このあと一緒にプリクラ撮ろうよ!」


「ダメ! 私と一緒にお茶すんの!」


「はいはいお嬢ちゃん達、そんなに引っ張ったら私が裂けちゃうわ」


 藍里が死んだ魚のような瞳でビジネスパートナーを見つめた。


「モルさん、何してんすか?……」


「ん? あら藍里―!」


 モルテは藍里を見つけるとぱっと顔を綻ばせて、女子達の拘束を解いて歩み寄ってきた。そしてそのまま藍里の肩をぐっと寄せた。


「おかえり。随分と早かったじゃない?」


「いや、あなたが騒ぎを起こしてるから急いで来たんですからね!」


 藍里は頬を膨らませて、モルテを軽く睨めつけた。それに対し、残された少女達は顔を真っ赤にした。なかでも一番モルテに熱い視線を向けていたルクレールが前に出てきた。


「ちょ、ちょっと藍里! あんたモルテ様とお知り合いなの!?」


「はぁ? 知り合いもなにも__」


「パートナーってやつ」


 藍里の言葉を遮り、モルテはにやついて答えた。ルクレールはその回答を聞くやいなや、これでもかと眉をしかめて地団駄を踏みだした。振動に合わせてツインテールが揺らめく。


「ふざけんじゃないわよ! 貧乏喫茶の娘の癖にぃぃぃぃ!」


 周囲は暴れるルクレールを宥め始め、モルテは大事になってきたと苦い顔をして藍

里の腕を掴んだ。


「あーあ、モテるっていいことばかりじゃないわ。退散しましょう、藍里」


「死神を相棒にもつのもいいことばかりじゃないですね」


「あぁ? なんか言った?」


「いいえ、モルテ様」



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