第11話 死神さんと火傷の少女


「はぁぁぁ、もうっ、どうしよっかなぁ」


 なんとかモルテを少女軍団から引き離すことに成功した藍里。その帰り道、彼女は三者面談の予告プリントと睨めっこしていた。モルテは煩わしいという風に小指を耳に入れている。


「あーもう、喧しいわよ、小娘。ん? なにそれ?」


 モルテは藍里のプリントを覗き込むと、次の瞬間には奪い取っていた。


「ああ、ちょっと!?」


「ふーむ、三者面談、ね。なに? 誰か来てくれる人いるの?」


「意地が悪いですよ? いないから困ってるんです。みなしごには、屈辱的な話です」

 

 藍里はそう言うと通学鞄を抱えなおして、そっと俯いた。モルテはその様子を一瞥すると、鼻を鳴らして藍里にプリントを投げ返した。


「ったく、うじうじしてんじゃないよ? いないなら二者面談にでもしてもらえば? あ、そ・う・だ。なんならアタシが行ってやっても――」


「それは遠慮しておきます」


「ふん、可愛くない子……あら?」


 そのときモルテはふと住宅街の途中で立ち止まった。突然のことだったので、藍里はモルテの背に顔をぶつけてしまい、彼を軽く睨んだ。


「った、どうしたんですか? モルさん」


「ねぇ、この場所、前は何だったの?」


 そう言うとモルテは目の前の二軒の建物を指さした。住宅街の一角に聳えるそれらは、全体的に炭を塗りたくったように薄汚れており、窓もドアも取り外され、コンクリートがむき出しになった廃墟であった。あまりの朽ち果てた様に、物件であった頃の面影はほとんどない。廃墟の周りには作業服を着た男達がたむろしており、ショベルカーも止まっており、どうやら解体工事が始まるらしい。

 モルテはどこか神妙な面持ちで眺めていたが、長年この町に住む藍里はこの廃墟たちの事情については知っていた。

 

「あぁ、喫茶店と、確かもう一つは焼き肉店だったんですよ。数年前に焼き肉店から火事があって喫茶店も合わせて周辺が燃えちゃったらしいです。確か死人も出てて――」


「道理で、ね。あそこにいるお嬢ちゃんについて合点がいった」


「え、お嬢ちゃん?」


 首を傾げた藍里だったが、モルテは彼女の肩を引き寄せ、「あそこだ」と廃墟の一箇所を指さした。藍里は両手でレンズを作って目を細めた。


「っぇ、なにあの子、?」


 どうやら喫茶店跡らしいそこには、焦げたカウンターや椅子が散らばっており、その内一つの直立した椅子にはセーラー服を着た少女が座っている。少女はどこか斜め下を向いており、ばさついた長髪に隠された顔からはくの字に曲げられた唇が見える。しかし藍里が驚いたのは少女の存在だけではない、その姿自身もだ。


「あれは、火傷?」


 少女は全身に大やけどを負っていたのだ。半そでで赤いリボンの可愛らしいセーラー服は所々焦げており、赤黒い血糊がべっとりと付着しており、覗く手足も無残なほどに焼けただれていた。髪も、ただばさついているだけでなく焦げてチリチリとなっていたのだった。

 その容貌から見て、藍里は少女が人ならざる存在であると確信した。大方、数年前の火事の被害者であろう。しかし、藍里は少女の姿を見て恐怖よりも、どこか切なさを感じた。年が近いこともあるだろう、椅子に縮こまっているその小さな背はどうしようもなく擦ってあげたい気持ちにさせられた。

 きっと無念の死だったのだろう。だからこそ成仏もできず、あんな廃墟に閉じこもっているのだ。藍里はモルテを真っすぐ見つめた。その目を見て、モルテは相棒の意思をくみ取った。


「あの子に、仏の味を食わせたいのね?]


「はい、どんな事情があったか知りませんけど、あんな姿見てられません。せめて、あの子にもう一度笑ってほしい、もう一度日の元に出てきてほしいなって。っふ、お節介ですよね……」


 藍里の自嘲的な笑みに、モルテはその背を軽く叩いた。


「いいんじゃない? オバケちゃんも美味い飯食ってリフレッシュしたいはずよ。 それに稼ぎ時のチャンスだわ! さ、そうと決まれば、やるわよ?藍里」


「ええ、モルさん!」


 藍里は頷くと着物の裾を上げる真似をしたのだった。



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死神喫茶~黄泉平坂でいただきます~ 渋谷滄溟 @rererefa

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