ウォーターサーバー
情報商材という言葉を聞いたことはあるだろうか。いわゆる儲け話の類で、儲かるノウハウをお金に変えて売りつけるようなことだ。
正直世間から見た印象は良くない。
株取引や不動産、ギャンブルなどでこうすれば儲かるなどとうたい、お金を騙し取る。そんな風に思われるだろう。
私自身もそう思っているタイプの人間だ。
もちろんそれ以外にも布団の営業やら、トイレ修理なども疑っている。ああいうのは良い噂も聞かない。
だが、今まさにその考えを目の前の男に変えられそうになっている。
この男、できる。
「ウォーターサーバーの営業で参りました。山中と申します。」
インターホンが鳴り、モニターを見ると、見るからに怪し気な男がそこに立っていた。
「あー、大丈夫です。間に合ってます。」
この手の営業はよくあることだ。相手にするまでもない。
「いえいえ、お話だけでも。ぜひ。」
「いやほんと大丈夫なんで。では。」
そう言って無理やり会話を終わらせようとした。
「ウォーターサーバーを使ってほしい訳じゃないんですよ。その逆なんです。」
ん?
今なんて言った?
思わず聞き返してしまった。
「逆?」
しまった。興味を持ったと思われては相手の思う壺だ。
「弊社はウォーターサーバーを取り扱っている訳ではなく、それを売る人たちを売っているのです。」
いや意味がわからない。
「人身売買…ですか?」
わざとふざけたことを返してみる。
「ははは。面白いことをおっしゃいますね。でもそうかもしれません。」
「少しだけなら聞いてもいいですよ。でも買いませんけど。」
「有難うございます。手短にご説明させていただきますね。」
そういうと男はモニター越しのまま身振り手振りを交えて説明を始めた。
私も休日で暇をしていたためか、この男と遊んでやろうという邪な気持ちが芽生えていた。
「昨今ウォーターサーバーの営業が増えておりまして、消費者センターへの問い合わせが増えている状況です。」
「はい。」
「弊社ではそうした問題に対して、画期的な解決方法を見出したのです。」
「なんですか?それは。」
「つまり、ウォーターサーバーの営業をしている人物をデータ上に登録し、彼らに会った人にはポイントを付与する仕組みです。」
「なんですかそれ。なんのメリットがあるんですか。」
ずさんなプランのように感じた。その分質問する隙が多く、相手のペースに徐々に飲まれていくのを感じた。
「消費者庁では、新たに政令を打ち出しまして、悪質な営業に対して罰金を課す制度を設けたんですね。弊社ではその仕組みを利用し、過去に悪質と判断された営業を登録して、応対した顧客の方からその内容を共有していただきまして、通報いたします。」
はあ?万引きGメンみたいなことか?
「そんなんでお金稼げるんですか?そんなに利益出るほどウォーターサーバーの営業なんていないでしょうに。」
「それがですね、昨今の円安の影響を鑑みて、外資が入るようになりウォーターサーバー業界が活発化しているんです。いまや一家に2台置く家もあるそうですよ。」
「まあうちにもたまにきますけど。」
「そうなんです。ですから、我々はお客様からお金をいただくのではなく、あくまで登録された営業の方が来られた際に情報共有いただければ、見返りとしてポイントを付与させていただく仕組みとなっております。」
それらしいことを言っているが、やはり突っかかるところがあるので、さらに聞いてみた。
「ポイントというのは?何に使えるんですか?それと、なんでおたくが通報したらお金が貰えるんですか?」
「良い質問ですね。ポイントは色々な業者と連携しておりますので、たとえばキャリアケータイのポイントですとか、スーパーのポイントカードなどと併用いただけます。」
「またですね、弊社が利益を出す仕組みは、適切な通報の場合には悪徳業者に課される罰金の半額が褒賞として支給されるからなんです。」
「なるほど。賞金稼ぎみたいですね。」
「こういった業界からすればたいへん毛嫌いされる職種ではありますね笑 ですが、消費者の皆さんを守ることができる有意義なお仕事です。」
そうだが、肝心なところの説明が抜けている気がする。
「でもこれ、通報したら褒賞貰えるんですよね?」
「ええ、そうです。」
「だったら、わざわざおたくに知らせなくても、個人で通報しちゃえば良くないですか?」
しかし、男は待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべる。相手の土俵に立ってしまったようだ。
「そうお考えになるのも分かります。しかし、この褒賞の制度はですね。消費者庁に申請をして承認及び登録された事業者のみが行えるんです。」
なるほど合点がいった。それならば確かに競合他社は少ないだろうし、彼らからすればブルーオーシャンなのだろう。
「分かりました。でもこれ本当にぼくらはお金とかかからないんですか?」
いつの間にか私はそのプランに魅了されていた。
「ええ、左様です。弊社では人件費を削減するために、こうして各お宅を回らせていただいて、協力をお願いしている次第です。お恥ずかしい限りですが笑」
「協力金も褒賞出たらその何%かをポイントで還元ってことすもんね。時給で人を雇うよりメリット大きいですね。」
気づけば相手側の足らぬ説明を補うように、自分から補足をしていた。
「お分かりいただけたようで恐縮です。つきましたは、通報にあたりまして身元の証明が必要となりますので、もしご興味ありましたらご登録されてみませんでしょうか?」
「登録もお金かからない?個人情報の取り扱いは?」
「いずれもご心配には及びません。費用は勿論かかりませんし、別途資料もございますので。よろしければぜひ。」
すっかり私はその気になってしまっていた。こういう類のものは信じないつもりだったが、ここまで話を聞いてしまうとどこか乗ってみたいなと思った。
「そうですね。じゃあ乗ろうかな。玄関まで行きますね。」
「ありがとうございます!よろしくお願いいたします。」
さて、印鑑とかも必要かな、と棚の引き出しからそれを取り出し、ポケットへしまい込んだ。そして玄関へと向かって歩く。
ドアを開ける直前、扉の向こうから何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「あんた!よくまたこの辺り歩いてるわね!ふざけるんじゃないわよ!」
聞き覚えがある声だ。2件となりの関口さんの奥さんか。
しかし、どうやら彼女は私がこれから会おうとしている男に対して、強い憤りをぶつけているようだった。
「あ、どうもお久しぶりです。関口さん…でしたよね?」
「どうもじゃないわよ!あんたお金かからないって言ったじゃない!この嘘つき!」
事情は分からないがおそらくこの状況は最悪だろう。これから営業を成就するというところで、クレームをつけられているのだ。
私も今は扉を開けるべきではないように思えた。
「ですから、何度もご説明したはずですよ?通報制度は多重化されてますので、他の方から通報される場合もありますと。」
ん?他の方から?今なんていった?
「おかしいわ!なんで私ウォーターサーバーなんて売ってないのに通報されなくちゃいけないのよ!」
「仕方ありませんよ。この制度はウォーターサーバーに限ったものではないのですから。」
たしか噂レベルではあったが、関口さんの奥さんは何やら怪しい儲け話に手を出して、大損をしたと聞いたことがある。まさか、これのことか?
「だから、なんで私が罰金払わなくちゃならないのよ!」
「あなたがうちのデータベースに登録されてるからですよ。ちゃんといいましたよね?契約する時に登録お願いしますって。」
「それは顧客としてでしょ!なんで悪徳なんかと一緒にされないといけないのよ!」
「それは弊社の方針ですので。また、データベースにある方について、情報提供があった場合には通報するようにしていますので。」
「ふざけんじゃないわよこの詐欺師!あんたのせいでご近所さんにもどんな目で見られてるか!」
ようやく話が見えてきた。
このプランには落とし穴があるようだ。
なんでも、情報提供をしてポイントを貰うためにはこの会社に登録しないといけないようだが、あろうことか悪徳業者と同様のデータベースに登録されるそうだ。
しかも登録された以上は何者かから情報提供があると、そのまま通報しているらしい。
個人に対してもそんなことができるのかと思うが、事実関口さんは罰金を科せられた。
これではミイラ取りがミイラになるようなものではないか。
「関口さん、罰金で失ったお金はまた誰かを通報して稼げばいいじゃありませんか。今ちょうどもう1人ご参加いただけそうなんです。」
すると、関口の奥さんは先ほどまでの勢いが嘘のように落ち着きを取り戻した。
「そう?ここのおたくってことね。通報してもいいのかしら?ご近所さんだけれど。」
「ええ、構いませんよ。うちとしてもマージンが出るので有難い限りです。」
そんな話をうちの前でするのか?すっかり打ち解けてるし。
「そうだ。関口さん説得にご協力いたまけましたら、ポイント付与率を引き上げさせていただきますよ。」
「え?ほんとう?それは嬉しいわ。手伝わせてちょうだい。」
おいおい嘘だろ。この奥さんもすっかり乗り気になってしまった。
私はこの玄関を開けるべきだろうか?
少なからず関口さんは面識があり家にいることを知られている以上無視をする方はできない。
生半可な気持ちで応対するのではなかったと今になり後悔したが、強い気持ちで闘おうと決心した。
なにこういうことは慣れっこだ。
昨日だって3件ウォーターサーバーの契約を成立させたんだ。
うまく言いくるめて逆に相手に契約させてやる。
そして私はスーツの上着を手に取り羽織ってから、玄関の扉を開けた。
清々しい春の昼下がり。
その後話し合いの末、結局2件のウォーターサーバーを契約させることができたが、その代わりにということで通報されてしまった。
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます