第5話 ポーションなしでは行かせません
「へへん! どうだ見たか! ちゃんと一人でクエストをこなしたぞ!」
薬草を背中の籠一杯に詰め込んだマックスさんはギルドの扉を潜るなり得意げな顔でそう言った。
「お帰りなさい。ご無事で何よりです」
私はゴルドーさんが捕えて来たならず者たちについての報告書を作る手を止めて、帰還した冒険者さんを迎え入れる。
「俺だってやればできるんだ! これでわかっただろ!」
「では、クエスト完了の手続きをしますね」
「おい聞けよ! なあ、これでちゃんと俺のことを認めてくれるよな?」
「認める? 何を言っているのです。私はあなたのことをちゃんとプロの冒険者として認めていますよ」
「────そうだぜ、小僧。この姉ちゃんは誰に対してもこんな感じで、なかなか仕事を振ってくれないんだ。俺だって例外じゃないんだから」
一仕事を終え、ギルドに併設された酒場で飲んでいたゴルドーさんが声を上げる。
「Sランク冒険者でも? なんだよそれ、ビビり過ぎだろ」
「万全の準備をして仕事に臨んでいただきたいだけです! どれだけ警戒しても警戒しすぎるということはありませんからね!」
冒険者さんたちは高い戦闘力を持つが故なのか、どうにも自信家で迂闊な人が多い気がする。
真正面からの戦いにはとても強いけれど、不意打ちとか罠には弱い。卑怯な手で貶められて地位も名誉も失う冒険者さんをたくさん見てきた。
「いくら強くても調子が悪い時はあるでしょうし、ミスをすることだってあるでしょうし、ランクが高かろうが低かろうが所詮は人間なのですから、細心の注意を払って仕事をしてもらうに越したことはありませんよ」
「そんなこと言ってたら仕事になんないって。とにかく俺はこうして無事に仕事を終えたんだから、ちゃんと査定に加えといてくれよ!」
「言われずとも、きちんと評価いたしますよ。なので報告書の提出をよろしくお願いしますね」
「……そんなのあるのかよ」
マックスさんは書類仕事が大層苦手なようで、とんでもなく不味いものが口の中に入ったような顔をして頭を抱えた。
「大丈夫ですよ。本当に簡単な確認作業をしてもらうだけですから。ちょっと待ってくださいね。確かここに記入用紙が……」
カウンターの上に積まれた書類の山をひっくり返し、クエスト完了報告をする際に使用する用紙を探す。
「あれ? これは……」
いつの間に紛れ込んだのか、重要な通知書類が紛れ込んでいた。
「ふむふむ、ゴブリンが薬草保管庫を襲撃し、火を放ったため回復ポーションが品薄に……?」
回復ポーションは薬草が原料であり、飲めば肉体の治癒能力が大幅に向上し、傷がたちどころに塞がる魔法の薬品だ。
体力のない人が飲むと全身のエネルギーを消費しすぎてとてつもない疲労感に襲われてしまうので、一般人が使うことはまずない。基本的には冒険者が戦場で迅速に応急処置を行うための薬として扱われる。
「なるほど、薬草採集のクエストが来ていたのはこのためでしたか。全く……重要な書類は他のものと一緒にしないでほしいといつも言っているのに……」
回復ポーションは一般人の口に入ると危険なので、ギルドが直接冒険者に販売している。
横流しを防ぐため、クエスト中に飲んだら後で報告書に記載しなくてはならない義務が生じる。ただ、その分効果は絶大なので、冒険者さんたちにとっては必須級のアイテムだ。
「────失礼、このクエストを受けたいのだが」
顔を上げると、背の高い女性の騎士がカウンター越しに立っていた。
サラリとした金の髪が腰まで伸び、白銀の鎧と相まって高貴な印象を与える。さらに装備しているのは一流の職人による装飾が施された細剣。武骨な武器を選びがちな冒険者さんの中では珍しい存在であると言える。
「ローズさんですか。お久しぶりですね」
「ああ、しばらく別の街のギルドで仕事を受けていたんだ。そっちが一段落ついたんで戻って来た」
「そうでしたか。それではまたよろしくお願いいたします」
彼女は刺突令嬢の異名を取るAランク冒険者。ここらでは最もSランクに近い冒険者であるとも言われている。
「悪いが、挨拶はまた今度にしてくれ。すぐにでも出立したいんだ」
「これは失礼いたしました。では、クエストの方を確認させていただきます」
内容はゴブリン退治。薬草保管庫を襲撃した群れを殲滅する依頼だ。
「推奨ランクはCですね。メンバーはどのように?」
「本当は一人で充分なのだが……君は認めないだろう?」
「当然です! だって危険ですから!」
「だからいくつかのパーティに声をかけておいた。討伐隊の編成手続きを頼む」
そう言って彼女は何人かの名前が書かれた紙を手渡してくる。
「大半がAランク冒険者ですね。人数はあまり多くありませんが……」
「推奨ランクCのクエストにこれだけのメンバーを集めたんだ。それにこのクエストは緊急を要する。ダラダラ編成している暇はあるまい」
確かにその通りだ。いつでも万全の状態でクエストに臨んでほしいけれど、ゆっくり準備している間に被害が拡大しては元も子もない。
「仕方ありませんね……では、このメンバーで申請をしておきます」
「助かる。では、私はもう行くぞ。時間が惜しいのでな」
「あ、お待ちください。現在、ポーションが品薄となっておりまして、メンバー全員分の持ち合わせはありますか?」
「ポーション? そんなものは必要ない。ゴブリン相手に致命傷を負うとは思えないし、治癒魔法が使える魔法使いが三名も討伐隊に入っている。それで充分だろう」
「え……ポーションなし……ですか?」
「ああ、それでは、私はこれで」
「待ってください!」
私はカウンターを跳び越え、サッサと背を向けて去ろうとするローズさんの肩を掴んだ。
「ポーション無しなんてダメです! 絶対ダメです!」
受付嬢さんは心配性~ギルドの冒険者には絶対安全な仕事しか振りません~ 司尾文也 @mirakuru888
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