第4話 森のならず者

 木の生い茂る森というのは恐ろしい場所だ。賢い人間なら、不用意に森へ近づくようなことは絶対にない。


 森は視界が悪いし、足元も悪い。そして危険な野生動物やモンスターが多く生息している。

 一流の冒険者でも、不意を突かれればその辺の狼にやられてしまうことだってある。戦闘力のない一般人が踏み込むのはあまりに危険だ。


 ただ、森にしか自生していない薬草なんかは多いので、全く立ち入らないというわけにもいかない。どうしても欲しいものがある時は、冒険者に頼んで採ってきてもらうのが一般的だ。


 それは逆に言えば、冒険者を倒したいと思えば森以上にやりやすい場所はないということでもある。


「────お頭! 来やしたぜ!」


 木の上に登って周囲を偵察していた子分の一人が、大声を張り上げる。


「馬鹿野郎! デケェ声出すな! 獲物に気づかれんだろうが!」

「お頭も声デカいっす……もっと抑えて……」

「うるせぇ! 久々の獲物だ! 興奮しすぎて頭に血が上ってんだよ!」


 森の一角、岩肌にぽっかりと空いた洞窟の前に、五人のごろつき達が陣取っていた。


「街で盗みやってた頃はもっと稼げたってのによ。最近はこんな森の中でコソコソ生きる毎日だ。ストレスも溜まるってもんだぜ」

「けどお頭、ここでの仕事も悪くないんじゃないですかい?」

「まあな、ノコノコ森に踏み込んできた新米冒険者を、モンスターの襲撃に見せかけて狩る。楽に稼げる上に、犯罪歴も残らない。ボロい仕事だぜ。問題があるとすれば向こうから来るのを待つしかないってことだが」


 冒険者は高価な装備や道具を多く保有しているため、しばしばごろつきから狙われることがある。

 悪人は知恵が働く分、モンスターよりよほど厄介な相手だとも言える。特に新米冒険者は腕に覚えがあっても、人間を相手に戦う術を知らないため、後れを取ってしまうことが多いのだ。


「で、獲物はどんな奴だ? 弱そうか?」


 ごろつきの中でも一番大柄で、刃こぼれした巨大な斧を担ぐ大男が、木を下りて来た子分に問いかける。


「赤いハチマキのガキでさぁ。ソロなのに身動きの取りづらい大きな籠を背負って、武器を腰に差したまま両手で薬草取ってるような素人ですぜ」

「はっ! 報酬に目が眩んで、自分が今危険地帯にいるってことを忘れるのは良くある話だな。こっちとしちゃそんな馬鹿が定期的に現れてくれて助かる」


 大男は斧を撫でながら舌なめずりをし、これから入って来るであろう儲けのことを想像する。


「よし! お前ら全員持ち場に付け! 久々の獲物だ! 森に棲むモンスターどもに先越されるわけにはいかねぇぞ!」


 もはや声を潜めることなどすっかり忘れ、男たちは雄たけびを上げる。格好のカモを目の前にして、野蛮な彼らが興奮を抑えることなどもはや不可能であった。


「────ったく、まさか本当に俺の出番が来るとは」


 そんな彼らの興奮に割り込むように、一人の剣士がぼやく。


「あ……? 誰だお前は!」

「お、お頭! あの金の鎧!」

「金の鎧?」


 ならずものたちの前に突如現れたのは、全身を黄金色の鎧で包んだ剣士。その目付きは剣のように鋭く、その肉体は鋼のように硬い。


「こいつ、黄金剣士のゴルドーですぜ!」

「ゴルドー……? 誰だそいつは」

「知らないんすか⁉ ここらじゃ有名なSランク冒険者っすよ‼」

「なっ……Sランクだと⁉」


 血気盛んなならず者たちに緊張が走る。その狼狽えようを見て、ゴルドーは小馬鹿にするように笑った。


「なんだ? 自分が狩られる側に回るとは思ってなかったか? 金に目が眩んだのは果たしてどっちなのやら」

「クソ……なんでSランク冒険者がこんなところにいる! ここはそんな強力なモンスターが出るような森じゃねぇぞ‼」

「ホント、そうだよな。俺もなんで俺がここにいるのやら。ま、けど、認めるしかないよな。どっかの誰かがお節介焼いたお陰で、こうしてクズどもをしょっぴけるんだから」


 ゴルドーが剣の柄に手を当てると、ならず者たちも慌てて武器に手を伸ばす。


 しかし、その武器を構える暇はなかった。彼らが目視できていたのは、ゴルドーが剣を握る直前まで。そこから先は何一つ目で追うことができなかった。


 気付けば、彼らは宙を舞い、頭から地面に落ちていた。全身を走る衝撃で、ようやく自分たちが剣から放たれた風圧に吹き飛ばされたのだと気づいたが、その頃にはもう立ち上がる気力すらなくなっていた。


「これにて一件落着! はぁ……やれやれ、あの心配性が正しいってことを証明する形になるとは……これで今後さらに悪化するようなことがないといいんだが」


 地面にひっくり返って残らず気絶しているならず者を見て、依頼の完遂による達成感を味わう反面、この先のことを考えると憂鬱になり、肩を落として嘆息するのだった。

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