第4話「未来」
「娘の願った世界、か」
エンビスは躊躇うような口ぶりでそう呟いた。それは今まで見てきた娘の姿に想いを馳せるようでいてーー。
ーーこれからの自分を断ち切るための、一種の逡巡だとアリスは見抜いた。
ガキン!!
勝負は、一瞬で決着した。
エンビスがSMCを抜き、そこに自身の中にある”なにか”を注ぎ込むその一瞬で、アリスは事前に懐に隠していた警棒を振るった。
その警棒が、エンビスのSMCを叩き飛ばしたのだ。
「ふっ。まさかここまで勝負にならんとはな」
SMCは人間の中にある”なにか”を注ぎ込むことで、はじめて魔法使いの杖の役割を果たす。
そしてその正体がいまだ掴めていない”なにか”は、アリスに言わせれば前世でさんざん読み取ってきた”殺気”に比べて、はるかに濃く、はるかに遅い。
魔法を使えないアリスにも読み取れるほど気配が濃く、本能でだれもが察知できる殺気よりもはるかに速度が劣る”なにか”に、アリスはこの世界に来て早々に見切りをつけた。
ーーあくまで戦闘用としての用途に。
前世で培われてきたアリスの戦闘能力からすればこの世界の魔法は欠陥品といってもよいものだったのだ。
エネルギー開発などの用途としては可能性を感じたというだけであり、自身が魔法を使う必要はない。
そう判断したあとに適性もないと分かったということ。
つまり、アリスには最初から才能など必要がなかったのだ。
「お願いです、エンビス先生。
優れたSMC工学の権威であるあなたの腕が、私たちの未来に必要なんです」
「この後に及んでまだ私に未来を与えようというのか?
またいつ君やクラウに牙を剥くかわからんぞ?」
「そのときは、私がなんとかします」
アリスの絶対なる自信をたたえた瞳の輝き。それがどこまで続くのか、エンビスは心の底から興味を惹かれた。
ーーそれとも。
エンビスは自問する。
もしかしたら今になって、娘の願う未来に、いや、娘の持つ善性に信じてみようと思ったのかもしれないな。
「わかった。君たちに協力しよう」
そしてアリスとエンビスは握手を交わした。
◇
「ねえ、アリスさん」
魔法とは無縁の世界で生きているエンビスの娘との会話を、アリスはその夜、夢の中で思い出した。
「私、正直父がクラウから魔法の才能を奪ったら、安心するかもしれないんですよ?」
手紙を書きながら、アリスに話しかける声は、答えを求めているのか。
アリスには判断がつかなかった。
「共に歩くと決めた親友が、私には手の届かないところに行こうとしている。
私の理解できない力で、私が昔夢見たところに行こうとしている。
それがたまらなく、憎いんです」
それは、嘘だろう。
そう断じることは簡単だった。
しかし、少なからず真実が含まれていなければ、こんな話はしないだろう。
「そして、私の代わりにクラウとその道を行こうとしているアリスさんが、羨ましいんです」
その言葉を聞いて、アリスは嫌味な笑みを浮かべる。
「そこは素直に、憎んでいると言っていいと思うよ?
わざわざこんなことを強制している私に、嘘をつく必要はないと思う」
そのアリスの言葉を聞いて、エンビスの娘は静かに笑った。
「あら、なにもわかっていないのね、アリスさん」
「というと?」
「”憎い”なんて言ったら、あなたの負担にならないじゃない。
私はあなたに道を譲って、あなたを羨ましがって、あなたの負担になりたいんですよ」
「……なるほど」
正直、理解できるとは言えない。
しかしアリスは頷いておいた。
「ねえ、アリスさん。
私、あなたに期待してもいいかしら?」
ーーその問いに対する答えは、決まっていた。
◇
「それでは、今日の講義はこれまでとする」
エンビスのその声と共に解散となった教室は喧騒に包まれた。
「アリス、今日もよろしく頼むわね」
クラウに声をかけられ、アリスは共に魔法の練習場に向かう。
そして練習場にたどりつく手前の廊下で、クラウが言う。
「なんだか今日のエンビス先生、いつもと違いませんでした?」
「そう?」
「ええ。なんだか憑き物が落ちたというか、どこか吹っ切れたというか」
「どうだろうねえ」
「ねえ、アリス?」
足を止めたクラウを見るように振り返るアリス。
その先には、薄っぺらな笑みを浮かべたクラウの表情があった。
「たしかにあなたは嘘をつけない性格だけど、それは嘘をついても私にはすぐに見破れるからなんですよ?」
その声音で、並の人間なら震え上がっていただろう。
「エンビス先生について、なにか知っているんでしょう?
話してください」
「……まあ、それは練習が終わったあとにでも」
もちろん全部を話すつもりはない。
まずクラウの親友であるエンビスの娘の本音は話せないだろう。
どうにかして煙に巻かなければならないな。
そんなことを考えていると、クラウは止めていた足を再び動かした。
「ねえ、アリス。
私、あなたに頼ってもいいのよね?」
その声を聞いて、同じようなセリフを昨夜夢で聞いたなと思った。
“なんだ。結局同じところにいるんじゃないか”
そう答える代わりに。
「もちろん。
私たちの未来は、私たちのものだからね」
彼女たちの未来を決めるのは、他ならぬ彼女たち自身だ。
ー完ー
理想のセカイのつくりかた 小田 @Oda0417
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