第3話「深夜の襲撃」

 クラウの火球魔法の練習場から去ったエンビスは、そのまま学園の近くに借りた自分の家に戻った。


 そのまま家の中に入ろうとしたところで、ポストになにやら紙が入っていることに気づく。


 差出人の名前を見ると、エンビスの娘の名前があった。


 “まさかーー、いや、早すぎる”


 一瞬の逡巡があったが、すぐに家に入り自室の机の上にあったハサミで手紙の中身を読んだ。


 ハサミが入れてあった小物入れの横には、エンビス自身と妻と娘が写った写真が飾られてある。


 手紙の中身を読み終えたエンビスは、ひとつの確信を得て、今夜あらかじめ予定していた作戦を決行することにする。


 すなわち、


「彼女をーー暗殺する」



 アリスは普段クラウと同じ部屋で寝泊まりしているのだが、今日はエンビスに接触しておこうと思い立ち、部屋を出た。


 暗闇に包まれた廊下を歩いていると、ふと前世の自分を思い出しそうになる。


 前世では戦場の端から端まで周り、戦いに明け暮れる日々だった。


 そこで培われた技術は、人殺しに特化したものばかり。


 前世はそれで十分ーーとは到底思えないが、少なくとも自分自身を守るためにはそういった技術を身につけるだけで精一杯だった。


 だが前世で死に、この世界に転生した瞬間に感じたことがある。


 それは、自分ひとりを守るために戦うのはやめようということだった。


 自分を守るというのは最も簡単に願える理想であり、技術を身につける理由としては最も単純なものだ。


 単純だからこそ、それは強く自身を向上させる動機足り得る。


 死にたくないから、生きたいから。


 そう願えば、自然と技術は身につくし、結果もついてきた。


 しかし、転生を果たし、転生を知り、死を回避することにそこまでの執着を抱かなくなったとき、アリスはせめて自分だけではなく、”自分の周囲の世界”だけは守ろうと思った。


 そして、その手段として魔法という存在に魅力を感じたのだ。


 アリスには夢があった。


 それは、守るべきもの、守るべき領域を増やしていくことだ。


 世界そのものーーというのは無理かもしれないが、魔法があるこの世界なら、せめて自分のいるこの国だけでも守りたい、そう思えた。


 それがアリスにとっては幸福なことのように思えた。



 静まり返った室内。


 クラウしかいないはずの部屋に、何者かが侵入を果たした。


 その影は手に持つナイフをクラウの利き手に向ける。


 “これを壊してしまえばーー魔法は使えなくなる”


 しかしナイフを振るおうとした瞬間、影の手を何者かが掴んだ。


 影は力強く身体を持ち上げられ、いつのまにか開け放たれた窓に向けて放り投げられた。


 そして影を追う前に、巨力の主ーーアリスはクラウの普段と変わらぬ寝顔を見て一安心してから影を追って窓を飛び出した。



「手紙は届いていなかったんですか?

 ーーエンビス先生」


 クラウに害を成そうとしたのは、エンビスだった。


 攻撃を止められたことを意外そうな表情をして受け止めているが、アリスはそれが偽りであることを知っていた。


「やはりあの娘からの手紙は…」


「はい。私が送らせたんです」


 エンビスの赴任初日。


 放課後すぐにアリスはエンビスの帰宅を追跡し、エンビスの自宅を突き止めていた。


 そしてその日の内にエンビスが自室を離れた隙に室内に侵入し、エンビスの机の上にある写真を発見、娘の存在を知った。


「まさか一日で娘に接触して手紙を送らせるとはーー恐れ入ったよ」


「時間はともかく、娘に接触するのは予想がついていたのでは?

 いや、最初からそのために写真を飾っていたように思えます」


「まさか。そこまでは考えていなかったよ」


「そうでしょうか」


 アリスの疑問を逸らすように、エンビスは話題を変える。


「娘の手紙にはこう書かれていたよ。

 ”私が魔法生命を絶たれたのは私自身の問題だ、親友のクラウは関係ない”とね」


 そう。


 エンビスの娘は昔、クラウと親友だったのだ。


 しかしクラウと共同で行っていた魔法の練習中の事故で肉体の魔法回路を傷つけられ、魔法を行使することが出来なくなった。


「”クラウの魔法使いとしての将来を願っている”とも書かれていたはずですが?」


 アリスの指摘に、エンビスは苦しげな笑みを浮かべる。


「あんなものはーー嘘だよ」


「……」


「心の底では妬んでいるはずだ。

 一緒に魔法の世界を追求しようとしていた親友が、一人で夢を追い求めていることに。

 一人で夢をかなえようとしている事実に」


 “だから父親であるあなたが、自分の親友を傷つけてどうなるというんですか”


 アリスはそう言おうとして、自分の短慮を恥じた。


 エンビスがクラウを傷つけて娘がどう思うか予想できないはずがない。


 恐らく、裏で策謀のひとつふたつ絡まっているのだろう。


 しかし今は、そんなことはどうでもいい。


「アリス、君にはーー君とクラウには、消えてもらう」


「いいや、そうじゃない」


 自身のSMCを鞘から抜いたエンビスの瞳を見て、アリスは断然する。


「私たちに必要なのは、戦いじゃない。

 対話だ。

 そしてそのあとでーーあなたの娘が願った世界を、創り上げることだ」

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