第2話「魔法の才能、なし」

 エンビスが赴任してきた次の日の放課後。


 クラウが炎魔法の練習をしている裏庭にはアリスの姿もあった。


 クラウが体育着を着て火球を岩に撃ち込んでいるのを、鉄柵に片肘をついて不満げに眺めているアリス。


 そんなアリスに声をかける者がいた。


「君は練習に参加しないのかな? 

 アリス君」


 だいぶ前からエンビスのものと思われる気配(それは魔法を使用する者同士で伝わるオーラのようなものかもしれない)を感じ取っていたアリスだったが、その声を聞いた結果に見えるように遅まきに振り返った。


「どうやら私には、魔法を使用する適性がないようでしてね」


 その言葉に疑問を浮かべるエンビス。


「それは不思議な話だね。

 君は優れたSMC開発者だと聞いているよ? 

 魔法を使えない人間がそれを作動させるものを作れるとでも?」

 

 エンビスの疑問は最もなものだろう。


 現に大陸で有名なSMC開発者は大抵が魔法の使用もできる者と聞いている。


 しかし、例外はアリスだけではない。


 そのことをアリスは知っていた。


「SMCは魔法を使える者の行使を前提として開発される。

 それはたしかに事実でしょう。

 しかし、私にはクラウという相棒がいるので、それで十分なんですよ」


「つまり、クラウ君に君の開発したSMCを使ってもらうことで、はじめて君は魔法という概念に関われると?」


「そういうことになります」


 アリスが頷くと、エンビスは少し思案げな表情になった。


「この学園に入学できたのも、結果から言えばクラウの協力があってのものなんですよ。

 いや、正確にはクラウと学園長、ですね。

 彼女たちとは学園に入学する前からの知り合いでして、特別に魔法を使えない私に便宜を測ってくれたというわけです」


 アリスはエンビスに余計な考えをさせる隙を与えないようにーーそれは純粋にエンビスに長い思考をさせてもどうせ否定することになり、時間の無駄遣いをさせたくないという合理的な理由によるものだったーーそう口早に説明する。


 しかし、エンビスはそれを言い訳だと受け取ってしまった。


「本当に魔法は使えないと? 

 いっさいの才能がなかったのかね?」


 疑り深いエンビスにもアリスは隙を見せない。


「はい、まったく才能はありませんでした」


 隙を見せないというよりは、単に事実だからそう述べているにすぎない。


 しかし、その即答はエンビスに疑いを残す結果に終わった。


「まあ、今日のところは引いておこう。

 クラウ君の練習の邪魔になりそうだからね」


「いや、事実なんですが…」


 ーー最も、その結果によって起こされる不幸は、アリスの預かり知らぬところだった。



「エンビス先生となにを話していたの?」


 アリスはエンビスと話していたという事実を隠そうとしたのだが、すでに話している現場をクラウに見つかっていた。


「隠そうとするなんて、なんだか怪しいわね…」


「いやいやいや、単に魔法の才能が私にないことを伝えていただけだって!」


「本当に?」


「うん」


 ジーっとアリスを見定めていたクラウだったが、すぐに目を逸らした。


「ま、アリスが嘘をつけない性格だってことは私がだれよりも知ってますからね」


「ありがとね、クラウ」


 礼を言うアリスはエンビスがクラウを探っているらしいことを言うべきか迷った。


 一瞬の逡巡を得て、


「それじゃあ帰ろうか、クラウ」


 ーーアリスは目先の安寧よりも、長期的な平和を望んでいる。

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