最終話 波はおわりへゆく

 目を覚ましたら、病院だった。


 気絶した僕は、早朝通りがかった警察官によって、保護されたらしい。


 意識を取り戻した僕は、検査を終えたのち、軽い聴取を受けた。


 屋敷は倒壊していた。その様子を写真で見たのだが、それはもうひどい有様だった。台風でも竜巻でも、こんなにはならないだろうってぐらい、ボロボロになっていた。


 だが、何よりも奇妙なのは二点。


 ひとつは、人間の血痕らしいものがあったということ。この血痕をDNA鑑定したところ、何十年も前に亡くなった人間のものだったそうだ。


 二つ目は、いたるところに無数の植物が散乱していたこと。その中には、百年に一度咲くと言われるリュウゼツランの花や、高山植物であるエーデルワイスなど、珍しいものも含まれていたそうである。


 両方とも、神谷木市周辺には自生していないもので、なぜそのようなものが存在しているのか、議論の的になっているらしい。


 二つの疑問に対して、僕は知らないと話した。仮に話したとしても、信じてもらえるような話ではなかったから。


 逆にこちらから質問したこともある。


 御影、という名字の刑事がいるのか、と。


 返事はノー。そんな刑事は、警視庁にも存在しないそうである。






 一応、入院はしていたものの、すぐに退院できることになった。期間にして、一週間も経っていなかった。


 にもかかわらず、自分の家が、なんだか別の人の家のように思えてならない。


 見上げた空は、どこか軽く、涼やかに広がっている。季節はもう秋に差し掛かろうとしている。吹く風もどこか肌寒く、僕はカギを取りだして中へと入る。


 真っ暗な玄関、一週間分のホコリが積もったそこには、白いサンダルがひとつ。


 僕は靴を脱ぎ、迷わず二階へ。


 自室の扉を開ければ、やっぱりそこには。


「よお」


 手を上げる少女の姿がある。


 僕は手を上げる。


 背後でバタン、扉が閉まった。


「驚かないんだな」


「お別れを言いに来たんでしょ」


 コクヤは舌打ちを一つする。その割には、笑っていた。


「神の力か」


「たぶん、ホントは見たくないんだけど」


 今の僕はふとした瞬間、白昼夢を見る。その白昼夢は、未来あるいは過去の映像だ。そういうと、すごい能力みたいだけども、偉人の過去を見せられているみたいで、退屈だ。


「その力は一時的なもんだから、ほっときゃそのうち治る」


「だといいんだけど……」


「ま、一応、何か来たら、お前んとこに来てやるよ。それが、アイツの願いだし」


「ウカの」


 コクヤがおおきく頷いた。


「アイツはアタシを信仰する女神だった。いいやつだったよ。だからこそ、死んだと聞いた時、悲しくなったもんさ」


「女神さまでも悲しくなるんだ」


 僕がいえば、コクヤが鼻を鳴らす。


「バカ言え、こんなセンチメンタルな気持ちになるのはめったにねえ、アイツだからだ」


「どうしてコクヤは、ウカをそんなに気に入ってるの」


「そりゃあ、好きな人のために尽くしてる姿を見たら、だれだって――」


 そこで、女神さまは言葉を止めた。おやっと思った。彼女の瞳は、僕ではなく、僕の中の消えつつある力の源へと向けられていた。


「バカっ、はずかしくてこんなこと言えるか! アイツに聞こえるかもしれねえってのに!!」


 そっぽを向いたコクヤの耳は真っ赤だった。それがどうにもおかしくて、つい笑ってしまった。


「今、笑いやがったな!?」


「神様がはずかしがるだなんてまさか思わなくて」


「アタシにだって感情あるんだ、とくに、このヒトとかいう出来損ないのからだの時はな!!」


 前もそうだったんだ、とつぶやいたコクヤは、ぷんぷんと怒りを発散する。そのうち、本当に怒りだしてしまうかもしれない。


 そうしたら、本当の正体を、今この場で、さらけ出して、僕のことを飲みこんでしまうかも。


「ありがとう、ウカの頼みを聞いてくれて」


「いいってことよ、アイツやアイツの先祖にはこっちも世話になってるし」


 そう言えば、僕はウカやコクヤのことを何も知らない。というか、この街がそういった超自然的存在に守られていることさえ知らなかった。


「また、会えますか」


「さあな、機会があれば、会えるかもしれねえ。が、会わない方がいいな」


「どうしてです」


「アタシの本当の姿を見たら、失神して、発狂するだろうから」


「…………」


 あたまの中でよみがえるのは、闇のなかに揺れる巨体。


 思いだすだけでも頭が痛くなってきた。


「気にすんなって。こんな感じで話せる状態にあることが奇跡みたいなもんなんだ、レアケースなんだよ」


「……わかりました、でも、もしも会ったら」


「おう、その時のアタシが正常だったら、取って食わないか考えてやるよ」


 そう言ったコクヤは背を向けて、窓へと近づいていく。その窓を開けば、秋の夕方の、ほどけるような風が吹き込んでくる。


 もう、別れの時間。


 いつまでも、ウカに似た存在といっしょにいるわけにはいかない。


 僕が、コクヤの存在を、受け入れたのは、彼女がウカそっくりだったからに他ならない。


 受け入れなければならないんだ――彼女が死んだことを。


「あの」


「なんだよ」


「最後に名前を教えてください」


 しばらく沈黙があったのち。


 ゴクリと喉が動く音がしたが、どっちが発したものだったのか。


「ヤダね」


 白いワンピースが、窓の向こうへと消えていった。


 僕は、夕日を、暗くなりつつある空を、しばらく見つめ続けていたが、肌寒くなってきて、窓を閉める。


 ふと、下を見れば、季節外れのヒマワリが咲いていることに気がついた。


「そういえば、ウカが好きな花だったっけ……」


 いつだったか、ウカが、空いている花壇にまいた種が、今ごろ花咲いたらしい。


 あの日――そう、あの御影さんやコクヤをはじめとした超自然的存在と邂逅かいこうする前日にみたあの夢。


 あれもまた、この体に宿っている神の力の一部が見せる、予知夢だったのだろうか。


 だとしたら、あの少女の姿をした神と、再び出会うことになるのだろうか。


 ――たぶん、そうに違いない。


「その時はお手柔らかに、お願いしますね?」


 返事はなかった。


 ただ、ヒマワリは寒風に負けることなく、まっすぐに伸びている。

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神がいる非日常 藤原くう @erevestakiba

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