第14話

「………はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 手に持った斧を守護龍の首に振り下ろす。

 何度も、何度も、何度も。

 自身の体力が続く限り。

 村は壊滅、山賊は一人残らず守護龍に殺され、少年を止める者など一人もいなかった。


 カインの体力が尽きたころ、守護龍から流れた血は固まり既に太陽が昇っていた。

 恐怖の対象である虫や山賊、そして守護龍。

 そのすべてが目の前で死んでいる。


 結局、恐怖という感情の発生源は至極単純。

 未知の対象、自分より格上の対象に抱く感情。

 ――――殺せば、恐怖なんて感情は快楽に変わる。


「………あははは」


 幼いカインの思考は、この日を境に歪んでいった。




 そこからカインは人が変わったように強さを求めた。

 育った村を離れ、ガーデンコル帝国に入国した。

 帝国軍に史上最年少で加入し、その存在を知らしめた。

 そのことをよく思わない訓練兵も一定数いた。


「おい、お前がカインだろ」

「そうだけど、何?」

「俺は年上だぞ! 敬語を使え」

「…………無理」

「生意気な奴だな。今日の訓練が終わった後、宿舎裏で稽古してやるよ」


 カインに絡んだ訓練兵は全員、翌日には行方不明になった。

 この経験から、カインは学んでいった。

 敬語を使った方が相手に印象が良く、暗殺に向いていること。

 一目で武器と思われないような得物を使うこと。

 今勝てない存在には媚びを売っていくこと。


「カイン。お前は強くなる! オレが保証するぞ!!」

「ありがたいお言葉です。これからも精進いたします」

「それにしても、お前は珍しい武器を扱うんだな」

「ええ。相手の対策が行き届かない武器を使おうかと思いまして」


 立場が上にいる者には優等生を演じた。

 訓練では薙刀を使用し、薙刀しか使えないことを印象付けた。

 命を狩る武器として採用したのは、奇しくも守護龍を殺した時にも使った斧。

 それに加えて、鎌も警戒されないことに気付いた。


「いや~、カイン。お前本当に強いな」

「いえいえ、それほどでも」

「行き過ぎた謙遜は嫌味に聞こえるというが………まあいい。さすがのお前もあの鬼教官には敵わないだろ」

「……………そうですね」


 訓練では常に格上に挑み、その悉くを負かした。

 それでも、上には上がいる。

 教官や訓練兵首席。

 自分より強い者は、恐怖の対象だった。

 だから、殺した。

 自分が犯人だとバレないよう、薙刀ではなく斧や鎌を用いて。

 そうして格上を潰したカインは首席となり、帝国軍への加入を果たした。

 恐怖を克服するために排除するカインの行動は、いつしか殺すことそのものが目的になっていった。


 帝国軍に加入すればもっと大勢の人を殺せる。

 そう考えていたが、現実は違った。

 他国との戦争なんて滅多に起きず、毎日が訓練のつまらない日々を過ごした。

 稀に舞い込んでくる仕事も、帝国で罪を犯した犯罪者を取り締まること。

 カインにとって犯罪者など、取るに足らない相手だった。


「………つまらない」

「ん? カイン、何か言ったか?」

「いいえ、何も言ってませんよ」

「そうか…………そうだカイン、聞いて驚け。そろそろ軍にデカい案件が来るらしいんだよ」

「それは………興味が湧きますね」


 そんな折、帝国軍に大きな仕事が入ってきた。

 世に蔓延る龍族を絶滅させる、龍族掃討作戦。

 種類にもよるが、龍は気まぐれで人の国を滅ぼす。

 手始めに、ピュートーン。

 龍族の中でも特に人の国に興味を示すが、比較的弱い部類に入る。

 龍族掃討作戦が達成されるかどうかの、大きな指標と考えられていた。


 ピュートーンは人の国の近くに巣を作る。

 帝国軍は本国の隣にそびえ立つ山脈へ向かった。

 龍は基本単独で行動する生物。

 山脈に棲んでいるピュートーンを各個撃破していく作戦だった。

 一頭にかける兵士の数はおよそ100。

 帝国はその数で足りるだろうとの判断を下した。

 記念すべき、その一頭目。


「うわああああ!」

「たす、たすけてくれえぇ!」

「いやだぁ……死にたくないぃ………」


 ピュートーンの熾烈な攻撃で帝国軍は壊滅していた。

 比較的弱いピュートーン一頭に対して、この有様。

 カインは失望と共に、ピュートーンへの興味が湧いた。

 これだけの軍を、たった一頭で圧倒している。

 普段抱く恐怖も、この日は爽快感に近い感情に変わっていた。


「……………素晴らしい」


 目の前で仲間が呆気なく死んでいく様を見て、そう零した。

 体格差。

 戦闘経験の差。

 圧倒的な生物としての差。

 カインの龍に対するその感情は、恐怖とも憧憬とも違った。

 それは崇拝。

 龍という存在に、神を見出した。

 その存在を殺してこそ、真に輝くと考えた。


「――――楽しくなってきましたねぇ」




 ――――第一回ピュートーン掃討作戦。

 試験的に行われたこの掃討作戦は、おおよそ成功とは言えない結果に終わった。

 たった一頭のピュートーンに100名で挑み、生き残りはたった6名。

 その中でもっとも功績を残したカインは、龍族掃討作戦の指揮を任されることになった。




 カインが龍の天敵に至るまでの、第一歩が踏み出された。

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龍と旅する灰色世界 刺身用品 @sashimi444

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