第13話

 ジョーフィルから遥か西。

 緑生い茂る閑静な村で一人の少年が生まれた。

 銀色の髪、親譲りの整った顔。

 両親からつけてもらった名前は、カイン。

 兄弟はおらず一人っ子だったが、その分両親からの愛情を一身に受けていた。


 カインはとても臆病で、それでいて優しい性格をしていた。

 困っている人に手を指しのべ、誰もやりたがらない仕事を率先してこなした。


「カインー! 何で守護龍サマにまでご飯を渡しに行くんだよー。そんなことより遊ぼーぜ!」

「ダメだよ。守護龍さまは村のことを護ってくれるんだから、お礼にご飯を持って行かないと」

「でもオレ、その守護龍サマが働いてるところ見たことねぇぜ! いなくても変わんねぇよ!」


 そーだそーだ、という周りの声も聞こえていないフリをしてご飯を運ぶ。

 村の守護龍は昔の言い伝えが独り歩きしているだけでそれほどすごい存在ではない、という噂が村に広まっていた。

 子供はもちろん、大人までもその考えだった。

 それでもカインは龍のためにご飯を運ぶ。

 自分の分を少し残して、それを村はずれにいる龍に毎日渡しに行く。


 村のどこからでも見える大樹。

 その麓に龍は住んでいる。

 その身が輝ているかと錯覚するほど、純白で覆われた龍。

 住んでいる、というよりは昔受けた傷が深く、動けないでいた。


「守護龍さま! 今日は遅くなってごめんね。ご飯持ってきたよ! これ食べて早く元気になってね」


 カインはその龍の前にご飯を置いて、龍が食べ終わるのを見届けることが好きだった。

 今日持ってきたのはパンとスープ。

 それぞれ龍の前に置いてから一歩引いた場所で観察する。

 龍はカインを一目見て、ご飯を食べ始める。

 龍も観察されていることを知っているのか、一口を小さく、できるだけ長い時間食べ続けた。

 そうすることでスープの匂いが森に広がり、その匂いに釣られて虫がよってくる。


「うわぁ、虫だっ!!」


 カインは虫に対して恐怖を抱いており、大の苦手だった。

 寄ってきたのは指のサイズにも満たない小さい虫だったが、どのような種類でも虫のように見える生物は総じて嫌っていた。

 それを見かねた龍は食事中でも虫を排除していた。

 今回も、小さな虫に対して息を吹きかけ、森の遠くまで飛ばして見せた。


「――――っ! 守護龍さま、ありがとう!」


 龍は笑顔になったカインを見ると、傷の痛みが和らぐ気がしていた。




 そんなある日、村に悲劇が襲った。

 皆が寝静まった深夜、山賊が村を襲いにやってきた。

 村人が起きだした頃には、腕の立つ村人は全員殺されていた。

 貴重品は奪われ、男共は見せしめに殺され、女共は慰み者にされ、一夜にして惨憺たる光景を作り出していた。


 そして、盗賊の手はカインの家にまで迫っていた。


「まずいな、ここまで来てしまったな……」

「カイン、あなただけでも逃げて」

「おかーさんたちは…………?」

「大丈夫。お母さんたちもすぐに行くから」

「……わかった」


 両親の言葉を信じて、家の裏手から外に出る。

 幸い山賊は正面にしかいなかったようで、すぐにバレることはなかった。

 両親はカインを逃がすために自ら盗賊の前に行き、カインが逃げた後もバレない様に振舞った。

 後ろを振り向くことなく、懸命に走った。


「――――ん? ガキが一人残ってるぞ!! 殺せ!」


 その声と同時に、複数人の足音が迫っている音が聞こえた。

 虫とは比べ物にならない恐怖で足が竦みそうになった。

 それでも、歯をガタガタと揺らしながら勇気を振り絞って走り続けた。

 だが、子供の全速力で振り切れるわけがなかった。

 徐々にその差は縮んでいき、ついに捕まる――――寸前で、カインは到着した。


「助けてーー! 守護龍さまーーーー!」


 大樹の根本、龍の棲み処へと。

 ……が、


「オイ、ガキ。ちょこまかと逃げやがって」

「~~~~ッ!」


 山賊の一人に捕まり、声にならない悲鳴を上げる。

 片手でそのまま持ち上げられ、肩に担がれた。

 カインの力じゃ山賊から抜け出すことはできず、山賊はそのまま来た道を引き返し始めた。


「ガキは全員奴隷にする予定だったが、気が変わった。お前だけは親の目の前で殺してやるよ」

「へへっ。いい案ですね、アニキ」

「どうせなら母親を犯させましょうぜ!」


 山賊たちの言葉を聞いて、無駄と分かっていても拘束を解くためにじたばたと藻掻く。

 先ほど同様、山賊の力は強く、逃げ出せる気配は微塵もなかった。

 あきらめかけたその時。


 純白の龍と、目が合った。


「――――あ? なんだこr」


 山賊の首が飛んだ。

 何が起きているのか全く分からないカインを置いて、周りの山賊全員首から上が消えていた。

 血を流しながら横に倒れていく山賊。

 誰がやったか、子供ながらに予想はついていた。


「守護龍、さま」


 その時、初めて守護龍を”怖い”と思った。

 自分を恐怖へ陥れた虫や山賊を、いともたやすく殺してしまう守護龍。

 死んだ山賊からは簡単に抜け出すことができ、大樹の方へもう一度目を向けた。

 そんな存在が、目と鼻の先にいる。


 同時に、山賊への恐怖が薄まっていくのも感じた。

 もう一度同じことが起きても、今回ほど恐怖で震えることはないと断言できるほどに。

 今は、守護龍の方が怖かった。


 カインは、悟った。

 自分が恐怖を抱く対象は、力の強いモノ、未知のモノだと。

 虫の生態はいまだに謎が多いから怖い。

 山賊は自分の村を壊滅させたから怖い。

 そんな山賊を一瞬で殺した龍は、それ以上に怖い。


 龍は力を使った代償で、行きも絶え絶えといった有様だった。

 元々の傷もあり、もう少しで死んでしまうところまで弱っていた。

 それでも、恐怖の対象になっていた。


 カインは、もうこれ以上怖い思いをしたくなかった。

 幼いながらも、自分が強くなって恐怖の対象を消せば怖くなくなるということに気付いた。

 気づいてしまった。


 だから、




 大樹の麓、龍の近くの小屋に常備しているオノを持ち出し――――






 ――――守護龍を、殺した。

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