第12話

「――――そんなに見たいなら見せてあげるよ、龍の姿」


 流石に、人状態だとカインは倒せない。

 龍にならないと、負ける。

 ここで負けたら、龍に異常な執着を持っているカインに何をされるか分かったもんじゃない。

 口から垂れている血を拭いながらそう考える。


「ほう。見せてくれるのですか。身に余る光栄です」


 ただ、龍の姿には極力なりたくなかった。

 理由は二つ。

 街に被害が及ぶのと、サルムを傷つけてしまうこと。

 街の方は最悪どうでもいい。

 どうせ知り合いはアーシャしかいないし、彼女なら大丈夫。


「以前拝見したときから随分と時間が経っていましたが、私の中であの日の貴方は少しも色褪せていませんよ。それほど強烈な体験でした。今日は翼以外の、綺麗になった部位も見せてくれるんですよね?」


 問題はサルムの方。

 私が龍になってしまうと、その分攻撃範囲も広くなってしまう。

 カインごと殺してしまったら、ここまでの努力が水の泡だ。

 だから――――


「ああぁ、非常に楽しみで――――おや」


 ――――一部だけ、龍化させればいい。


「何ですか、その姿は」

「お望み通り、龍化してあげたよ?」


 背に翼を、手に爪を、急所に鱗を。

 人間の見た目のまま、龍の力を借りる。

 未だ力は制限されているものの、人間状態の何倍も出力できる。

 言わば、第二形態。


「………そのふざけた姿で、龍化したと?」

「うん。これが見たかったんでしょ?よかったね、今日見れて」


 そう言うと、カインは呆気に取られたように数秒固まった。




 直後、


「――――ふざけるなァァァァァァァァ!!!」


 発狂し始めた。


「もっとも尊き龍であるあなたが人間の姿をしていることですら耐えがたい! それなのに、人間と龍を融合したような姿に変わるなど、人間の愚かな頭を引き継いでしまったのですか!? 神と最もかけ離れた存在ですよ、人間というものは! 融合したことで龍の素晴らしい見た目が全て台無しですよ!」


 綺麗に整えてあった髪を両手でぐしゃぐしゃに掻き毟りながら喚く。

 龍に対しての畏敬の念と、人間に対しての冒涜的な考えが同一の対象に重なり、情緒不安定に陥っている。

 こうなった人間は、とても脆い。

 できることなら、もっと狂わせてから戦闘を始めたい。


「それはあなたの持論でしょ?」

「持論などではない! ではあなたは、人間と虫が融合した生物に嫌悪感を抱かないのですか!? それこそ生命への冒涜だと思わないのですか!?」

「思わない。人間も虫も興味ないし。混ざったところで興味が湧くこともない」

「あああ、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」


 そろそろ頃合いか。

 そう思って先ほどの何倍もの速さでカインに迫る。

 フェイントにフェイントを重ね、かかと落としで頭部を狙う。

 それに対し、カインは咄嗟に片腕で防御姿勢を取る。

 さっきまで防御できていたその行動は、今回の場合において完全な悪手だった。


「ぐッ……!」


 私の脚はカインの腕を折り、そのままカインの肩に命中した。

 上から下へのその攻撃は、二階の床を壊して一階まで突き落とした。

 頭部を狙ったつもりだったが、寸前ですらされたらしい。

 完全な龍状態だと、先ほどの一撃でカインとサルム両方とも葬っていただろう。

 商品が陳列していた一階は、二階の床が瓦礫となって降ってきて惨たらしい様相となっていた。

 客とか他の店員とかそんなものに気を遣う義理はない。


「あなたはどうでもいいんだけど、サルムには傷一つ付けないでよね?」


 瓦礫の中に呼び掛けてみる。

 どうせ、この程度じゃ死なないし意識も失わない。

 戦闘面にだけ、敵であるカインに歪な信頼を置いていた。

 案の定、すぐに目の前の瓦礫が動き、下からカインとサルムが出てきた。


「あぁ、肩に触れられてしまった………! おええぇ、気持ち悪いぃ………」


 カインには目もくれず、抱きかかえられているサルムを注視する。

 サルムは先ほどよりも顔色が悪く、呼吸も荒い。

 頭痛薬の効果時間まで、あと少ししかない。

 カインが狂乱している間に早く、殺さないと。


「サルムを離してくれないなら……もう一回触っちゃうよ~?」

「………………ッ!」


 ついには黙ってしまったカイン。

 どうやら、相当今の私が苦手のようだ。

 この状態でも本調子のカインに勝てるかどうかといったところ。

 少し卑怯だけど、この姿で迫ってサルムを取り返す。


「この少年は返します! もう姿を見せないでくださいぃ………っ!」


 カインはあっさりとサルムをこちらに投げ飛ばしてきた。

 今度は私が呆気に取られてしまった。

 こんなにも簡単に奪還できるとは。

 ………これで、カインと戦う理由もなくなった。


「あ、ありがとね。そっちこそ、もう二度と顔見せないでねー」


 そう言って背中を見せた私に、カインはずっと視線を向けていたことに気付かなかった。

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