第41話 エンディング

 聖女とともに魔王討伐を果たしたスノウくんは、一度実家に戻ることになった。

 実家といっても、彼の家は王都にあるんだけど。


 それよりも、わたしだ。

 学園はしばらく閉鎖へいさ。わたしたちは3年生をやり直しになるらしいけど、それがいつになるかはわからない。早くても再来年さらいねんなんだって。


 それまでわたしも実家に戻ることになった……ということはなく、わたしとアメジストは、「聖女さまーっ! 聖女さま〜っ!」と祭り上げられて困惑こんわくしている友人の、お手伝いけん補佐ほさをすることになった。

 それにこのお手伝い、お給料が出るの。友人を助けながらお金をもらえるなら、いい仕事だと思う。


「セシリアちゃんってさ、リアム王子とはどうなってるの? っていうか、聖女って結婚できるの」


 聖竜神殿内の「聖女の部屋」で友人3人だけになったわたしたちは、神官さんたちの前では控えている、気軽な口調でのおしゃべりを始めた。

 わたしの疑問に、


「なぜ聖女は結婚できないのです。そのような決まりございませんわ」


 アメジストが答えてくれる。

 ふーん。なんとなく聖女って、ひとり身なイメージあったんだけど、違うんだ? まぁ、〈ゲーム〉でも結婚式してたもんね。

 あれって、聖女をやめて結婚したわけじゃないんだね。


「じゃあ、リアム王子とはいつ結婚するの」


 当然の疑問だ。この〈世界〉のセシリアちゃん、リアムのトゥルーエンドを迎えているわけだから、〈ゲーム〉と同じで結婚式イベントがあるはずだもん。


「そ、それは……近いうちにと、あの人が……」


 照れ顔でニヤける聖女さま。


「あの人って、なにその呼びかた。もう夫婦ふうふじゃん」


「そういうマルタはどうなのです。ご結婚はいつごろになるのですか」


 あー……そういう話は、ないなー。

 わたしはもうすぐ18歳になるし、スノウくんはもうなってる。この国の成人は18歳だから、結婚という話が出てもおかしくない。

 男の子は成人してからだけど、女の子は15歳から結婚できるしね。

 けど、


「わたし結婚どころか、婚約の話も出てないよ」


 最近会えてないんだよね、スノウくん。

 彼は実家に戻ったし、わたしは「聖女さまの補佐」で神殿暮らしになったし。むしろスノウくんより、ライエお義姉ねえさまのほうがわたしに会いに来てくれるよ。


「旦那さまが意外と長生きしそうで、どうしましょう」


 とか、嬉しそうにいってる。どうもランザーク子爵とは「相性がいい」らしくて、


「このままですとわたくし、近いうちに弟を伯父おじさんにしてしまいますわ」


 ともいってたな。口では皮肉ひにくめいたこといってても、とっても幸せそうな顔をしてたけど。

 未来の義姉あねに良縁を紹介できたのなら義妹いもうととしては嬉しいけど、さて、それもどうなることやら……わたしちゃんと、あの人の義妹になれるのかな。


「婚約もまだですの? なんですかそれ。クソムシですかあの男は」


 アメジストは最近、言葉使いがよろしくない。口の悪い友人でもできたのだろうか。


「でも、アメジストちゃんがそういうのもわかるよ。マルタちゃん、婚約もまだなの?」


「うーん……どうなんだろ? わたしはスノウくん以外の人と結婚する気ないけど、スノウくんがわたしを選ぶ必要ないもん。身分も違うし」


 なんだろう。わたし、結婚にはこだわってない。それは、できるならしたいけど。

 彼の気持ちがわたしに向いてるのはわかってるし、今はそれでいいかなって思ってる。


「身分のことをいうなら、あたしとあの人のほうがよほど身分差があるよ? あたし、孤児こじで平民なんだから」


「いやいや、セシリアちゃんは聖女でしょ。王子より身分上じゃないの? ねぇ、アメジスト」


「ですわね、王子より聖女のほうが格上です。王子はたくさんおりますが、聖女はこの世界にただおひとりですもの。とっても珍しいのです、珍獣ちんじゅうですわ」


「あたしって珍獣なの!?」


「そうです。珍しい生き物ですから、大切にしないといけません」


 アメジストがセシリアちゃんの頭をいとおしそうになで、なでられる珍獣もご満悦まんえつのお顔だ。


「だけど、聖剣はもう使えないよ?」


 彼女がいうには、持ち帰って聖竜神殿に奉納したけど、聖剣はすでに「聖剣ではない」んだって。

 二度と力は復活しないし、もしかしたらくさってきちゃうかもとかいってた。だけどそんなこと神殿にはいえないから、黙ってるって。


「どうしよ? 正直に話したほうがいいかな」


 そういう彼女に、


「黙っていればバレませんわ。それにもう、魔王はいません。セシリアが退治したのでしょ?」


 と、アメジストは返してたけど。わたしとしては、どうでもいいかな。わたしは「この先の未来」を予知することができない。

 セシリアちゃんとルルルラには、「わたしの予知能力は聖女が魔王を倒すための保険だったみたい。魔王と一緒に能力もなくなっちゃった」とか、そんなことをいっておいたけど。


 魔王は滅び、〈世界〉に平和が戻った。

 聖女と契約した五大精霊によって、この〈世界〉には「人界」と「魔界」を隔てる「守護の結界」が張られたの。「精霊くんたちが、1000年は大丈夫だっていってたよ」とのことだ。


「さぁ、セシリア。お仕事再開ですわよ」


 パンっと手を打ち鳴らし、アメジストがつげる。

 もう休憩時間おわりか。早いな。

 そう思ったのはわたしだけでなく、


「えー……」


 聖女さま自身が不満顔です。


「えーじゃありません。しゃんとなさい」


「ママ・アメジストはきびしいね。ねー? セシリアちゃん」


「そうだよママ。あたし珍獣だよ? もっと優しく、ていねぇ〜にあつかって」


「……ママ? ママってなんですのっ!」


 アメジストがイラッとした顔をしたところで、部屋の扉がノックされた。


「失礼いたします、聖女さま」


 仲良くしてもらってる女官さんの声だ。

 女官さんがわざわざ、休憩時間の終わりをつげに来ることはない。そういう管理は、聖女補佐のわたしたちの仕事だから。

 わたしは扉を開けて、


「どうかしました?」


 確認する。


「花束の騎士さまが、聖女さまにお目通りを願いたいとのことです」


 それを聞いたセシリアちゃんが、


「リアムさまがですか? なにかあったのかな」


 約束してなかったようで、首をかしげる。


「いえ、リアム王子殿下ではなく、レイルウッド伯爵子息さまです」


 スノウくん? 珍しいな、神殿に来るなんて初めてじゃないかな。

 セシリアちゃんがわたしと顔を見合わせ、


「聞いてる? マルタちゃん」


「なんにも。なんだろ?」


 頭上に疑問符を浮かべるわたしに、


「どうせお仕事の時間なのですから、まずはそれから片づけてしまいしょう」


 アメジストはセシリアちゃんの背中を押して、部屋を出るようにうながした。


     ◇


 わたしたちは女官さんに先導され、スノウくんが待つという神殿広間へ移動する。

 午前のお祈りの時間は終わっているから、広間に人の姿は彼のものしかなかった。


「お待たせいたしました、騎士スノウ」


 セシリアちゃんがスノウくんへと声をかけ、わたしとアメジストはその薄ろにひかえる。神殿内では誰の目があるかわからないから、彼女は聖女の演技をしている。スノウくんを呼び捨てにしたのもそのためだ。

 彼はセシリアちゃんに軽く頭を下げて、視線をわたしに向ける。


(用があるの、わたしなの?)


 わたしの返す視線と、わずかに首をかしげるだけでの確認に、彼は頷いた。


「突然でございますが、聖女さまに祝福をいただきたいのです」


(あれ? わたしに用じゃなかったの?)


「祝福……? それは、祝福でしょうか」


 セシリアちゃん今、変に思わせぶりな言い方したな。聖女と花束の騎士にしか通じない、があるのか?


 数瞬。視線を交換するセシリアちゃんとスノウくん。

 そして彼女は頷くと、身体を横に移動させて、


「騎士スノウは、あなたに大切なお話があるそうです」


 手振てぶりで、わたしに前に出るよう示した。それにしたがって足を進めたわたしに、聖女さまから微笑ほほえみが送られる。


(……なんか、イヤな予感がする)


 送られた笑みが、なにかを企んでいるような、含みのあるものだったから。


「あの……」


 なんの用? そう問いかける間もなく、スノウくんがわたしの前にひざまずいて、


「ロマリア男爵令嬢、オレと結婚してほしい。この指輪を、受け取ってもらえないだろうか」


 ケースに収められた銀色の指輪を、わたしへと差し向けた。


 って……はぁ!?


 なにこれ! プロポーズ!?

 この人はいつも突然だなっ!


「どうしたの突然」


 小声で問うわたしに、


「いや、こちらも色々あって……すまない。だが、これしか方法がないと姉上が」


 彼も小声で答えてくれる。

 よくわからないけど、「スノウくんは聖女の前で、わたしにプロポーズしないといけない状況に追い込まれた」ってわけね。

 そうしないと「わたしとは結婚できない」。多分、そういう状況に。

 で、問題解決にライエお義姉さまがアドバイスをくれた。と、そんなところだろう。


 状況は把握はあくできたけど、これは……どう答えるべきだろうか。

 悩むわたしのすぐ横で、


「魔王討伐の聖女たるセシリア・ガーノンの名のもとに、花束の騎士スノウ・レイルウッド、わが友マルタ・ロマリア。あなたがたの婚姻を認め祝福を与えます。その命が、大地と空に溶けるまでっ!」


 神殿の広間へと、聖女の宣言が響きわたった。


(なっ!? この子、なに婚姻を認め祝福を与えちゃってるの!)


 さすがに「なにごとか」と、広場に人が集まってくる。

 セシリアちゃんの言葉に、


「聖女さまの祝福、感謝いたします」


 頭を下げるスノウくん。

 っていうかわたし、「結婚する」なんていってないんだけど!?


「マルタ」


 スノウくんが指輪の箱をわたしへと近づける。

 

 あっ、これ……あれだ。

 受け取らないとダメなやつだ。


 わたしは一度目を閉じて、


(……わかった。やるしかないっ)


 指輪の箱を受け取ると、


(これでいいんでしょ!)


「制約は、あなたの手にゆだねます」


 プロポーズを受ける返事を返した。


 立ち上がるスノウくん。彼はホッとした顔で、わたしが持つ箱から指輪を取り上げると、その銀色でわたしの左手薬指をいろどった。


「おめでとうございます。ここに誕生したレイルウッド夫妻に聖女さまの祝福がございましたことを、このアメジスト・ロロハーヴェルが証言いたします」


 ……って、これ。

 わたし婚約をすっとばして、結婚しちゃたってこと!?


「それでは夫婦たる証明を、口づけにてしめしなさいっ!」


 セシリアちゃんノリノリだな。彼女は両腕を広げて天にかかげ、それっぽいポーズをとる。

 ……って、口づけ? 本当にそんなことしなきゃダメなの?

 結構、人が集まってきてるんですけど!?


 わたしの視線に、聖女さまはニヤけ顔。

 あっ、これやったな。この子、適当ブッこいたな。

 だけどわたしほど「のセシリアちゃん」がわかっていないスノウくんは、真面目な顔して正面からわたしの肩に両手を置く。


「ありがとう、マルタ」


 なんでそんな嬉しそうな顔と声なの。だまされてるって!


(助けてアメジ……)


 ダメだ。こいつもめっちゃニヤけ顔だ。


(もう、いいや。わかったよ。わたしたち、もう夫婦なんだからねっ!)


 ニヤニヤしてる友だちとたくさんの人たちに見守られて、わたしたちは「夫婦」としての、最初の口づけをわした。



〜 Fin ~





【キャラクター その後】


 リアム・ブレイク・リガーノ

 22歳で紅蓮の聖女を妻に迎える。その5年後、国民の支持を受け国王となる。王として善政を敷いたが、歴史書には「名君ロマリア女王の父」と記されることが多い。

 

 ローア・ラブレット

 妹婿に男爵位継承を譲り、王宮魔法師団に入団。30歳の若さで王宮魔法師団長となり、子爵位を授与される。同年、ロロハーヴェル侯爵家の「嫁き遅れ令嬢」を妻に迎える。


 マシュ・モルガン

 西の大陸へ魔獣王討伐にむかう聖槍の勇者に従い、学園を去る。魔獣王討伐に成功するも、その後、聖槍の勇者らとともに行方不明。


 シラサキ・スズラン

 精霊魔法の使い手として、聖・アリュー学園の教師に迎えられる。のちに同学園学長に就任しゅうにん


 スノウ・レイルウッド

 王国騎士となり騎士団へ。35歳で伯爵家を継ぎ、レイルウッド伯爵となる。妻との間に子を授かることはなかったが、二人の養子を迎え家を繁栄させた。


 紅蓮の聖女セシリア

 その姿はつねに夫の側にあり、魔王討伐以降、聖女の力を発動させたという記録はない。




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最後までお読みくださり、ありがとうございました。

ここまで長いお話を書いたのは初めてでしたが、楽しんで書ききることができました。

それもこれも、ここまで読んだくださったあなたのおかげです。


まだまだ書きたいお話はあるので、今年中にもうひとつ、長めのお話(10万文字以上)を公開できたらいいなと思ってます。

まだ書き始めたばかりで、がんばって書き溜めている状態ですけど。

それとは別に、短め(2万文字から3万文字程度)のお話もいくつか公開できたらと考えています。


ではまた、別のお話でお会いできたらうれしいです。

感想などがいただければ、もっとうれしいです。


【小糸 こはく】2024.06.02

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乙女ゲームの転生モブ子は、聖女の闇堕ちを阻止したい 小糸 こはく @koito_kohaku

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