第40話 紅蓮の聖女と転生者(4)
光がわたしとアメジストを
その一瞬が過ぎ、
(間に合った!?)
わたしたちの身体は、聖剣を支えにして片膝をつくセシリアちゃんと、彼女を見下ろす魔王のすぐ
(スノウくんはっ!)
視界に入る、空中に貼りつけになった5人の花束の騎士。そして彼らの前に浮かぶ「闇魔法:死のルーレット」。
「セシリアちゃん! その指輪はめてっ」
驚いた顔をした彼女だけど、わたしが投げた指輪を受けとると横に転がって、その動きの中で左手の薬指に指輪をはめた。
ギンッ!
頭の上でなにかがぶつかるような乾いた音が響き、驚いたわたしがセシリアちゃんから目を離したのは一瞬だったけど、彼女はすで立ち上がって、横に転がるときに手放したはずの聖剣もその手の中にあった。
「あぶないよっ!」
ちょっとこわい顔と声のセシリアちゃん。アメジストとわたしは地面を這いずってその場を離れる。
「ふたりとも、あとでお説教だからね」
お説教で済むなら安いものだ。
「わかった、楽しみにしてる」
セシリアちゃんの視線は、すでに魔王へと向けられている。
「セシリアを包む光が強まりましたわ」
そうなの? 全然わかんないけど、うまくいった!? 後ろに下がりつつ、わたしたちは抱き合うように身を寄せる。
「こ、これは、なんですの!?」
セシリアちゃんを見つめて、アメジストが叫んだ。彼女にはなにか見えてるっぽいけど、わたしにはさっぱりだ。
「すごい、セシリアを光の炎が包んでいます!」
それは見えなかったけど、聖剣が
(これわかる、しってるっ!)
トゥルーエンドでだけ表示される、『聖剣〈真〉覚醒』と
胃が膨らんだような感覚。ちょい気持ち悪い。だけどそれは、安心というか歓喜というか、わたしの身体が「喜び」を表現したものだった。
崩れ落ちそうになるわたしを、
「マルタ!」
アメジストが支えてくれる。
「だ、大丈夫、勝つよ。ううん……勝ったよ!」
花束の騎士たちが拘束されている空へと、紅蓮の聖女が炎を纏う聖剣を振るう。
と、次の瞬間。闇の魔法で呼び出された「死のルーレット」が真っ二つになって消え、騎士たちの
空中に貼りつけられていたみんなが、地上へと降り立つ。
「セシリアッ!」
リアム王子が真っ先にセシリアちゃんに駆け寄り、魔王が聖女へと放った「
そして他の4人も続き、聖女への攻撃を防いでいく。
これって、「トゥルーエンド」への流れだ。
やった! 成功したんだっ。
「やったね、アメジスト!」
アメジストは膝を折って顔の前で両手を組み、
「聖女さま」
祈るように囁く。この〈世界〉の人にとって、聖女は特別な存在なんだろう。
「まだヤレるじゃいかッ! 出し惜しみするなよ聖女ぉッ」
魔王と睨み合う紅蓮の聖女が、自らの力である猛き炎に包まれる。わたしには見えないけど、〈ゲーム〉だとそういう場面。だからきっと包まれているんだろう。
フラっと揺れるセシリアちゃん。すると、空中の魔王がなにかを避けるように飛び上がった。彼女の揺れは、なにかの攻撃だったのだろう。
「ギャハッ! 面白いな、なぁあアァッ!」
魔王が楽しそうに笑う。こいつ本当に戦いが好きなんだな。わたしにさえ、そう思わせるほどの笑顔だ。
空中にいたはずの魔王が消え、次の瞬間にはセシリアちゃんの隣に。その腕が聖剣の
「アッツ!」
すぐに離した。
そして
聖女は剣、魔王は爪。激しい音が響くけど、わたしにはなにが起こっているのかわからない。動きが速すぎて目で追えない。
それとは別の場所で巨大な骨のドラゴンが地面から湧き上がり、5人の騎士がその相手を始める。魔王とセシリアちゃんの戦いを、骨のドラゴンに邪魔させないように動きながら。
「聖女ぉおおッ!」
空中の魔王が体勢を崩して叫ぶ。その背中の右骨翼が砕けていた。
「ハッ、アハハハハハッ!」
なにが面白いのか、地上に降りた魔王は
〈ゲーム〉での魔王に、ここまでの異常性はなかった。邪悪で凶悪で凶暴。確かに、そう表現されていたけれど。
「……楽しいなぁ、ナァ聖女ぉッ!」
セシリアちゃんが
繰り返し
ビュッ!
聖女が剣を横に払うと同時に、魔王の右腕が空を舞う。
続いたもうひと振りで、左腕も飛んだ。
「ゴァッ!」
両腕を失くした魔王が、地面へ前のめりに崩れる。うつ伏せで、立ち上がることもない様子だ。
もがく魔王の頭上へと、聖女が聖剣の先を突きつける。
魔王は震えながらも顔を上げ、
「また……な。またヤろうぜぇ、ナアァッ!」
嗤いながらいった。
だけど聖女は無表情で、
「いいえ、これでさよならです」
魔王の首を一振りにはねた。
◇
全てが終わった。
魔王のカラダは闇色の霧になって散った。それと同時に、騎士たちが相手にしてた魔族もいなくなる。
「ふぅ……」
セシリアちゃんはひとつ息をつき、
「おわっ……た」
つぶやくと、わたしたちへと近づいてきた。
「あれって、アメジストちゃんの指輪だよね。助かっちゃった、ありがとう」
服はボロボロ、顔にも血がついてる。それにところどころ、髪が短くなっていた。
「うん、聖女さまお助けアイテムだったの。役にたったでしょ」
「マルタが気づいたのですわ。あの指輪が、聖女さまのお力になれると」
で、その指輪はというと、
「ごめん、消えちゃった」
指輪がなくなった左手を掲げ、セシリアちゃんはアメジストへと困ったような顔を向けた。
「かまいません。聖女さまの助けになり魔王を討ち滅ぼす力となったのなら、誰も文句はいえませんわ」
アメジストはセシリアちゃんの前で跪き、
「魔王討伐、ありがとうございました。聖女セシリアさま」
手を組んで祈りの姿勢をとる。
「ちょっ、やめてよアメジストちゃん。そんなことされるとあたし」
彼女は
「ごめん、本当にやめて。あたし友だちに、そんなことして欲しくない。最初にいってくれたよね、ちゃん付けでいいって。それって、お友だちになってくれるってことだったんでしょ? だからあたし、アメジストちゃんって呼んだの。ロロハーヴェル侯爵令嬢なんて呼ばなかった。アメジストちゃんと、お友だちになりたかったから」
その言葉にアメジストは立ち上がって、
「そう……ですわね。セシリアは友人ですもの。ありがとう、助かりました。困ったことがあれば、次はわたくしが力になります。これで、よろしいですわよね」
「うんっ! 困ったときはアメジストちゃんに泣きつくから、覚悟してね」
そしてふたりは同じような笑顔で微笑みあって、声を出して笑った。
へたり込んで、友人たちの様子を見ているわたしを、
「無茶をしたのか」
スノウくんが引き上げてくれる。
以前にもこうやって、腕を引っ張って立たせてくれたことがあったよね。
「してないよ?」
あっ、その顔は信じてないねー。
「誰も、死ななかった」
「だね、予知が外れてよかったよ」
彼はわたしに心配そうな顔を向けて、
「無茶は、しないでほしい……」
わたしは真面目な顔をして、頷きを返す。実際、無茶はしたからね。下手なことはいえない。
と、わたしを引っ張りあげてくれた彼が体勢を崩した。それでも剣で身体を支える彼を、わたしもよりそって支える。
でも、
「お、重い……」
あまりの重量によろけそうになった。
「鎧を着ているからな」
彼の存在。
彼の重み。
「よかっ……た」
思わず零れた声に、
「戻るといっただろう。キミも待っていると」
スノウくんは少し怒った声。
「はい。でも待ちきれなくて」
彼は仕方なさそうな、困ったような顔をしたけど、次の瞬間には優しく
「ただいま。マルタ」
わたしは愛おしい人の笑顔と声に、
「おかえりなさい。スノウくん」
心から伝えたかった言葉を返した。
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