第39話 紅蓮の聖女と転生者(3)
わたしのせいだ……。
わたしがこの〈世界〉に来たから、“わるい子にはトゥルーエンドはみせられませんプログラム”が
ううん……違う。
わたしがいなかったら、セシリアちゃんは最初の「闇堕ちフラグ」を立てていた。その可能性が高い。
それに3つ目の「闇堕ちフラグ」。
セシリアちゃんがマルタとアメジストと友だちになっていない場合、彼女が自分からリアム王子に告白していたかもわからない。
でも、違う?
ううん、違わないっ!
もうっ! わかんないっ!
この〈世界〉と〈ゲーム〉は違う。
聖女に「闇落ちフラグ」なんてない。
この〈世界〉に「フラグ」なんてない。
ここは〈ゲーム〉じゃないッ!
……そう思いたいけど、思えない。
この〈世界〉はあまりに似ている。
わたしが大好きだった、あの〈ゲーム〉に。
聖剣抜刀の場で気を失ったらしいわたしを、アメジストが「聖女帰還のパーティー」が行われる王城に運ぶよう手配してくれたらしい。
すでに夜といえる時間。王宮の一室で目を覚ましたわたしに、アメジストがそう教えてくれた。
そして、
「スノウ・レイルウッドが待っていますわ」
「スノウ……くん?」
彼に会える。だけど喜びよりも苦しみが
辛そうな顔をしたのかも。
「気分がすぐれませんの?」
アメジストが心配そうに聞く。
わたしは首を横に振って、
「大丈夫。スノウくんは、どこにいるの」
彼女に案内されて、王宮の中庭へと出た。
パーティーの明かりが中庭を照らし、夜だというのに暗くはない。わたしはすぐに、彼の姿を見つけることができた。
「お帰りなさい」
わたしの言葉に、
「ただいま」
彼はわたしに寄りそって左手をとると、その甲へとキスをくれた。
オレの想いはキミにある。そう、無言で教えてくれたの。
彼がわたしの手を引き、少し人気のない場所へと移動する。いつの間にか、アメジストの姿はなくなっていた。
お互いに沈黙の時間が流れる。スノウくんが帰ってきたら、あれを話そう、これも話そう。そんなことがたくさんあったはずなのに、なにも思い浮かばない。
長い沈黙の後。
「どうか、したのか」
先に口を開いたのは彼だった。
一度、言葉が喉に引っかかる。なにをいおうとしたの? わからないけど、わたしは小さく深呼吸をして、
「わたしは、未来が見えます」
そう、彼につげた。
「聖女セシリアさまも、わたしの未来予知の能力はご存知です」
彼は、なにもいわなかった。
わたしは続ける。
「スノウくんは魔王との決戦で、命を落とすかもしれません。わたしは、あなたの死の可能性を予知しました」
わたしの目を見るスノウくん。わたしはその視線から目をそらせた。
「オレが死ぬかもしれないと。だが、可能性……? 死ぬと決まっているわけじゃないのだな」
疑わないんだね。嬉しいけれど、悲しい。
わたしは彼へと視線を戻して、
「花束の騎士さまのうち、聖女セシリアさまの想いを誰よりも受けるリアム王子以外の誰かが、死にます。わたしが見た未来の通りになるのなら」
「誰か、ひとりだけなのか?」
「はい、おひとりです。その誰かは……まだ決まっておりません。それを魔王によって選ばされるのは、聖女セシリアさまです」
しばらくの
「……そうか。だとしてもオレは行く。誰も死なせない、オレが守る」
彼はいった。
誰も死なせない? だろうね。あなたがそういうのはわかってた。
だけどね、
「わたしだって、誰かに死んでほしいわけじゃない。でもわたしが一番大切なのはあなたなの。 だから行かせたくない。死なせたくないッ!」
本当はわからない。〈ゲーム〉の最終決戦には必ず、「紅蓮の聖女と花束の騎士」が全員揃っていた。
決戦の場に誰かがいない。そんな状況はなかったの。
スノウくんが最終決戦に参加しない。
だったら「それ」は、わたしの知らない流れだ。わからないシナリオだ。
(もし最終決戦の場に誰かが欠けていることで、全員が助かるのだとしたら)
一瞬だけそんな、都合のいい
「キミの気持ちは嬉しい、本当だ。だけどここでキミの想いを受け入れ、足を止める。それでオレはどうなる? きっと後悔にまみれた人生になる。キミはオレに、そんな
わたしは歯ぎしりをして、だけど本音をいった。
「それでも……いいです。わたしの人生には、あなたが必要だから」
だけどそれは「わたしの人生」で、「愛するあなたの人生」じゃない。
「これがわたしの本音です、言い訳はしません。だから」
そう、だから。
「あなたの本当を、教えてください。あなたには、自分に言い訳をしない人生を送って欲しいです。だから教えてください、あなたの気持ちを」
わたしは「自分」よりも、「あなた」を優先します。
まっすぐに彼を見つめるわたしに、
「オレは、オレの責任を果たす」
彼ははっきりといい、
「そして、戻ってくる。キミのところに」
その言葉は、不思議とわたしを安心させた。
彼が「彼であること」にほっとした。
わたしの言葉に流されない、自分を見失わない彼に安心した。
だってわたしが恋をしたのは、そんな『正義感が強くて言い訳を嫌う、
だからわたしは笑顔ができた。
大好きな人に、笑顔を見せることができたの。
「はい、わかりました。あなたの無事のおかえりを、お待ちしております」
涙などなく、そう伝えることができた。
笑顔で、彼を送り出すことができたの。
◇
映像を
聖竜神殿の広間。聖女と魔王の最終決戦の様子が空中に映し出されいる。
映像ごしにも伝わってくる魔王の凶悪さ。そこまで大きくはない、身長はせいぜい180cmほどだろう。
シルエットは、骨の翼が生えた人型だ。顔も目つきの悪い人間のように見える、だけどその姿を見るだけで、心が折れそうになった。
そいつが放つ「邪悪」は、姿を目にするだけで十分に伝わってきたから。
(セシリアちゃんは、こんなバケモノと戦ってるの!?)
聖剣を手に、魔王と打ち合うセシリアちゃん。騎士のみんなも、彼女を守るように魔族の群れと戦っている。
(同じだ。〈ゲーム〉のシナリオと……)
魔王、あなたは負ける。目の前の聖女があなたを滅ぼすよ。
聖女が魔王を討ち滅ぼすためには、「5つの聖女ポイント」が必要になる。
〈ゲーム〉が始まった時点で、主人公は「5つの聖女ポイント」持っている。そして「闇堕ちフラグ」を立てるごとに、それを「1ポイントずつ」失ってしまう。
この〈世界〉で立った「闇堕ちフラグ」は1本。「5-1=4」。簡単すぎる算数。間違いようがない。
セシリアちゃんの現在の聖女ポイントは、「4」だ。
このままだと聖女は魔王を倒せない。
そう、「倒せない」の。
だけど5本の「闇堕ちフラグ」を全て立てない限り、〈ゲーム〉で聖女は魔王を倒す。
その理由は、花束の騎士の死が「聖女ポイント」を回復させるからだ。
花束の騎士たちはひとり1つずつ、「聖女ポイント」を持っている。
そして「死」を迎えると、その「ポイント」を主人公へと「渡す」。
闇堕ちフラグを立てて失った聖女ポイントは、花束の騎士を
今の「4つ聖女ポイント」しか持たない聖女は、やがては魔王に追い詰められいく。花束の騎士たちは空中に貼りつけにされ、魔王は「闇魔法:死のルーレット」を発動させて、聖女に「騎士の誰を死なせるか」を選ばせる。
仲間の「死」を選択させ、聖女の心を折ろうとするのだ。
だけど魔王は知らない。
散った花束の騎士の命が、「ポイント」となって聖女に力を与えることを。
誰かの死が、魔王討伐の力になるんだ。
だから、心配はない。
魔王は滅ぶ。セシリアちゃんが魔王を……、
(……って、なにそれ? バカじゃないのッ!?)
違うでしょ、誰も死なせない。「めざせトゥルーエンド」でしょっ!
なにかあるはずだ、まだなにか残ってるはず。
自信があるのは記憶力だけ、思い出せ! 考えろ! なにか見落としはないか。わたしは〈ここ〉に、なにをしに来たの!?
大好きだった〈ゲーム〉の世界を
そんなことのために、わたしは「大切な前世」を
わたしの前世は、もっと、もっと、もっと! 大切だった。まだ忘れられないほどに、わたしは「あの世界」が好きだった!
本当はずっと、「あの家」にいたかったの!
だから、違う。許さない。「こんなエンディング」のために大切な居場所を奪われたなんて、思いたくないッ!
なにか意味があるんだ。女神がわたしを〈ここ〉に送った意味が。
大好きだった〈ゲーム〉の世界に転生? そんな偶然おかしいでしょ。
思い出せ、考えろっ! もっと考えてッ!
わたしは“ぐれたばマスター”だ。
乙女ゲーム「紅蓮の聖女と花束の騎士」を完全攻略して、CDドラマも、web小説も、webラジオも網羅した。
ファンコミュニティで語り合って、シナリオ考察に明け暮れた。
聖女ポイントが足りない? だったら「どこかに
余っている、聖女ポイント……?
『花束の騎士を死なせないようにできる救済アイテムが、ひとり分用意されていた』
そ、そうだっ! ボツになった救済アイテム。
ぐれたば公式設定資料集に記載されていた、ボツアイテム。フラグ管理が大変になるからボツにしたっていう。
そのアイテムがアメジストの設定に関わっていることを、シナリオを読み込んで
ツッコミどころのない整合性に、みんな納得したんじゃなかったけ。わたしも「天才キターっ!」ってコメントを送ったはず。
設定的に「救済アイテム」は用意されていた。フラグ管理が複雑になるから、最終的には実装しなかった。
だったら、「それ」はなに!?
アメジストに関わりのある、なにか。
アイテムというからには、「
『これは我が家の家宝、コーキの指輪ですわ。長女が身につけるものと定められておりますの』
コーキ。〈ゲーム〉にそんな用語は出てこなかった。もしかして「コーキ」って、ボツになったアイテムと関係がある用語なの?
『
「コーキ」って、もしかして「
コーキの指輪は、光の魔素の集まり。アメジストはそういっていた。
神々のギフトと呼ばれる魔法のアイテムなのに、どんな効力があるかわかっていないって。
セシリアちゃんは「聖女ポイント」を持っている。アメジストはそれを、「
コーキの指輪=光の魔素の集まり。
だったらそれは、光の魔素=光の加護ってことになるんじゃない!?
そして「聖女ポイント」が「桁外れの光の加護」だとしたら、「コーキの指輪」と「聖女ポイント」は同じなのかもしれない。
これが正解だったら、「コーキの指輪」はボツになった救済アイテムで、「花束の騎士ひとり分の命」と同じだ!
(見つけたかも! 救済アイテム)
アメジストは探すまでもない、彼女はわたしの隣で
「アメジスト! あんたの指輪ちょうだいっ」
突然腕を引っ張られ、思いもしなかっただろうことをいわれた彼女は、
「なにをっ、今はそれどころじゃないでしょ!?」
違う。
「今がそのときなんだって!」
「なんですのもう! 家宝といったでしょ、ちょうだいといわれてあげられるとお思いですの!?」
キレ気味で返してきた。当たり前だけど。
コーキの指輪。それは、ロロハーヴェル家の家宝。なのに「長女が肌身離さずはめていないといけない」という「ご先祖さまのいいつけ」。
それって、〈ゲーム〉にそういう「設定」があったからじゃないの? 家の中で金庫に入れられてたら、〈ゲーム〉に登場させられないから。
いや、それはおかしい。救済アイテムはボツになったのに、アメジストは〈ゲーム〉のビジュアルでも指輪をはめていた。
学園内にアクセサリーを持ち込むには、許可が必要。それは、〈ゲーム〉にも同じ設定があったと考えるべきだ。
だけど、もしコーキの指輪が救済アイテムなら、許可を取ってまで学内に持ちこませる必要がない。ボツアイテムなんだから。
そもそも〈ゲーム〉でアメジストのイラストを、指輪をはめたものにする必要がない。あの指輪はやけに凝ったデザインだったから、絵にするのは手間だったはず。
ということは、指輪は救済アイテムじゃない?
……違う。
逆だ。
アメジストが主人公の頬を打つ場面のスチルで、指輪はやけに目立っていた。描きこまれていた。
あれは意図的だったんだ。指輪を印象づけるために。
救済アイテムがボツになったのは、〈ゲーム〉が完成する
もしかして発売日に間に合わせるために、面倒なデバッグをしなくてすむよう、終盤で「フラグ管理が大変な救済アイテム関係のプログラムだけ」をいじったのかもしれない。
救済アイテム関係の「最初のフラグ」が立たないように、プログラム的に「
でも発売日が
だからこの〈世界〉でも、彼女は指輪をはめている。
それってこの〈世界〉に、「救済アイテムの設定」が残っている証拠じゃないの!?
(やっぱりコーキの指輪が、救済アイテムだっ!)
だけどわたしは、「完全勝利の確率が上がった」ように感じていた。
「いいから! 時間がないっ」
強い言葉のわたしに、アメジストだけでなく、その隣にいたルルルラも反応する。
「予知か、それは」
「わかんない。予知じゃない。ただの
だけど、これに賭けるしかない。もう時間がない。
「確率なんてわかんない、0%かも。でもアメジストの指輪が完全勝利への、トゥルーエンドへの〈鍵〉なの!」
必死なわたしに、
「ジース。僕からもお願いする、指輪をマルタに」
「ちょっ、あなたまで……」
言葉を切り、アメジストがルルルラと見つめ合う。
そしてふたりは同時に小さく頷いて、
「わかりました。差し上げます」
アメジストは右手の薬指を飾る黄金の指輪を引き抜くと、
「どうぞ、おおさめくださいませ」
手渡してくれた。
「ありがとっ!」
これで、もしかしたらっ!
わたしは空中に浮かぶ映像を指差し、
「ルルルラ、あそこに行けるよね! わたし知ってるよ、行ける魔導具あるよね」
なぜ知ってる。未来予知もたいがいだな。ルルルラの表情はそういっていた。
だけど彼女は、
「
わたしの希望を汲み取ってくれる。
「いい、問題ない!」
ルルルラは腰に下げたバッグから、複雑な模様が描かれたハンカチのようなものを取り出して床に広げる。
転移の魔導具って、そんなだったんだ?
「これに乗ればいいの?」
彼女の答えを聞くまでもなく、わたしはハンカチに乗った。
「いいよ、どうすればいい?」
「おまえひとりでは無理だ。おまえには魔法の素質がない。魔導具を発動できない」
「……え?」
うそ? このアイテム、魔法の素質が必要なの!?
〈ゲーム〉だと「バッドエンド」、いわゆる「聖女エンド」でだけ、転移の魔導具を使ってルルルラが最終決戦の場に現れる。
主人公に「命を力に変換させる魔導具」を渡すために。
「では、わたくしも行きますわ。その
アメジストにいうべきこと、確認すべきことはある気がする。
だけどそんな時間はないし、そもそもわたしと彼女はセシリアちゃんの友だちだ。
だから、
「うん、行こう! アメジスト」
腕を伸ばすと、彼女はそれを掴んでわたしに抱きついてきた。
「ほら、あなたも抱きつきなさい。これ、
いわれた通り、わたしは友人に抱きつく。こんなときなのに、彼女は触り心地がよくて、いい匂いがした。
「未来、見えてるんだよね?」
ルルルラ、そんな心配そうな顔しないで。大丈夫、どうなろうと、聖女は魔王を倒すよ。完全勝利じゃないかもしれないけど。
わたしはその問いに首を横にふり、
「わかんない」
正直に答える。
「……そっか」
彼女は仕方なさそうに笑って、
「じゃあ、がんばれ」
わたしたちを送り出してくれた。
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