第38話 紅蓮の聖女と転生者(2)

 聖女が魔王討伐の旅を始めてから、すでに200日以上が経過した。

 彼女たちはまだ、聖剣覚醒に向けての旅を続けている。


 聖・アリュー学園は、残る生徒もいれば、家に帰る生徒もいた。高位の貴族ほど家に帰る人は多かった。

 アメジストの家は王都にあって学園に近いから、彼女は数日おきにわたしに会いに来くれる。


 とはいえ、魔王が復活したと思えないほど、王都はこれまでと変わりばえがない。魔王が復活したといっても、目に見えて脅威があらわているわけじゃないから。

 だけどそれは、「大精霊に認められて彼らと契約を果たした聖女」が、〈世界〉への魔族侵入を防いでいるからなの。普通に生活をしている人たちは知らないだけ。


「魔王って、実は大したことないじゃないか」


 そういって笑ってる人もいるけど、違うよ。魔王は本当に強い。そして残虐で、完全な悪だ。


 紅蓮の聖女と花束の騎士が冒険をしているあいだ、わたしにできることはない。

 ルルルラは「聖女お助けアイテム」を作成して、〈ゲーム〉だと『依頼したアイテムがボックスに届きました』ってメッセージだけだったけど、彼女が作ったアイテムは騎士団が聖女に届けている。


「魔王が復活したのは間違いない。だが予想されていた魔族の襲来しゅうらいはなく、騎士団にすらひとりの犠牲者も出ていない」


 寮の部屋に戻ってきたルルルラがいう。


「お前、前にいってたな。そんな大きな戦にはならないって」


「うん、わかってたから」


「これは予知通りなのか」


「そう、だね。今のところは」


 最後の「闇堕ちフラグ」が仕込まれた、聖剣抜刀イベント。

 そこに用意されたミニゲームさえクリアできれば、きっと。


 それから数日後。


「聖女がすべての試練を突破して、五大精霊により世界中に魔族侵入を防ぐ結界がほどこされた」


 そのらせが世界を駆け巡った。


(やった、さすがセシリアちゃん。それに、スノウくんも)


 五大精霊の結界が張られたということは、聖剣覚醒の〈鍵〉がそろったということ。

 だったらすぐに、聖竜神殿で「封印石」に突き刺さっている聖剣を覚醒させるイベントが始まる。

 聖剣がまつられている聖竜神殿はファングル王国の王都にあって、学園からもさほどの距離じゃない。


(帰ってくるんだ! みんながっ)


 さらに数日が経過して、


「マルタちゃん、アメジストちゃんっ!」


 聖女らしい顔つきになったセシリアちゃんが、聖竜神殿で彼女の到着を待っていたわたしたちに駆け寄ってきた。

 わたしとアメジストは「聖女の旅に多大な貢献があったルルルラのお付き」として、神殿に入れてもらったの。


「ご無事のご帰還におよろこびと感謝を申し上げます、聖女さま」


 アメジストがセシリアちゃんへと頭を下げる


「やっ、やめてアメジストちゃん。みんな見てるよ~」


 変わってないな、この子。顔つきは立派になったけど。


「おかえり、セシリアちゃん」


「うん、ただいま。マルタちゃんのいってた通り、大丈夫だった」


 わたしは感激に言葉もなく、


「でしょ?」


 とだけ。

 すると、


「聖女さま、こちらへ」


 神官さんに呼ばれた彼女は、


「またあとで。一緒にご飯食べようね」


 そういい残して去っていった。

 これからすぐに、「聖剣抜刀」の儀式が始まるはずだ。わたしたちも後方からだけど、儀式を見学させてもらえることになっている。


(大丈夫。絶対に大丈夫)


 わたしは自分にいい聞かせる。


 儀式が始まり、聖女らしい神聖な衣装に着替えたセシリアちゃんが、「封印石」に刺さった聖剣の前に立つ。


 と、その瞬間っ!


「きゃあぁっ!」


 彼女が聖剣に手をかける間もなく「封印石」が割れ、聖剣が床へと転がった。

 そして石の割れ目から、多数の「魔霊レビア」が飛び出してきた。


(な、なにこれ!?)


 セシリアちゃんが魔霊レビアの攻撃を受け、花束の騎士がそれらから聖女を守ろうと周りを囲む。

 だけどわたしは、「このシーン」を知っていた。

 これは最後の「闇堕ちフラグ」イベントで、ミニゲームを失敗したときの光景だ。


(うそっ! うそだッ! これなに、なんなのッ!)


 本来なら聖女が聖剣を手にしてから、魔霊レビアが飛び出してくるはずだ。

 なのに、


(これは、どういうこと……)


 混乱するわたしの脳内で、設定資料集で語られていた、プログラマーゴトウさんの言葉が駆け巡った。

 この光景が、彼の言葉を浮かび上がらせたのだろう。


『このゲームには、不正な動作を感知すると……コピーディスクや不正ツールを使って遊ぶとかね、そうなると発動する“わるい子にはトゥルーエンドはみせられませんプログラム”が仕込んであります。

 本当は専用の最悪エンドを仕込みたかったんですけど、それやっちゃうとわざといけないことする人も出てきそうだし、時間もなかったから、最後の闇堕ちフラグが強制的に立つだけにしました。

 声優さんが歌う特別エンディング曲は、トゥルーエンドでしか聞けませんからねー。それが一番効くかなって(笑)』


 聖剣抜刀イベントは、手に入れた聖剣のためし斬りみたいなイベントでしょ? ちょっとした「音ゲー」みたいなミニゲーム。

 リズムに合わせて指定されたボタンを押し、襲ってくる魔霊レビアを斬っていくだけ。

 慣れるまではちょいムズだけど、大してリズム感のないわたしだって、ギリギリだけど初見クリアできる程度の難易度。


 失敗したら「闇堕ちフラグ」が立つなんて最初は知らなかったけど、ゲーマーにはそんなに難しくないミニゲームだから、慣れればミスることなんてない。

 トゥルーエンド後には、タイトルからいつでも音ゲーで遊べるようになるし、手応てごたえを求める人向けに「高難易度モード」だってある。


『最後の闇堕ちフラグが強制的に立つだけにしました』

 

 最後のフラグが立つだけ。

 声優さんが歌うエンディング曲が聴けないように。


(もしかしてこれ、わたしの存在が不正動作に接触したってこと!?)


『未来を予知して、聖女を誘導ゆうどうした』


 それが不正な動作だと、〈世界〉に認識された。

 思い当たるのは『それ』しかない。

 〈ゲーム〉で不正なんてしたことないから、なにが不正に当たるのか、“わるい子にはトゥルーエンドはみせられませんプログラム”がどういう動作をするのかわからないけど、


(うそ……でしょ?)


 花束の騎士たちが、セシリアちゃんに襲いかかる魔霊レビアを討ち払っていく。その数はすぐに、どんどん少なくなっていった。

 やがて魔霊レビア一掃いっそうされて、聖女が転がった聖剣を拾い上げる。


 くずちるわたし。だって、この状況の「結果」を理解していたから。

 これは最後の「闇堕ちフラグ」が立って、「トゥルーエンド」への道がたれたことを意味している。


 最終決戦でリアム王子以外の、花束の騎士の誰かが死ぬということを。

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