第6話 十戒を守って生きよう 

 店長も昔を懐かしむように言った。

「まるで、昔の大阪市長、現在はコメンテーターの橋〇徹みたいだな。

 橋〇氏曰く「僕は今まで必死で努力して、ここまできた。だから皆も努力してほしい」とは言うけれど、努力した人が皆が皆、橋〇氏みたいになれるわけでもなし

 なーんてこれは、僕の勝手な意見だがな」

 腹違いの弟、ホストの麗も言った。

「まあ、しかし努力することは大切だよ。といっても、悪事を働けばなかなか努力するチャンスもなくなる。

 しかし、そこから這い上がるのは、イエスキリストを信じるしかないよ」

 店長もうなづきながら言った。

「そういえば、母さんは日曜日の礼拝だけは、休まなかったな。

 まるで、すがるようにキリスト教会に通っていたな。

 何かご利益でもあるのと聞いたら、なんと

「キリスト教は、ご利益宗教ではないの。

 ただ神の道に従って、生きていくの。

 そうしたら、世間のいろんな悪から救われるわ」

 麗は答えた。

「人の悩みは、健康、金銭、人間関係というが、それはスパイラルのように繋がっていて、永遠のものではないな。

 神の道とやらに従っていけば、悪事に加担しなくて済むよ。

 だから俺も、悪事に加担させられる前に、今のホスト業を辞めるつもりでいるよ」

 私もそれに同意した。

「ホント、その通りですね。一度、悪の道に入った、いや堕ちた人は、人の何百倍も努力しなければ、一般社会になじむことができないのよ。

 そうならないうちに、早く抜け出すことが先決よ」


 麗は、翌日ホストクラブに退職届を出した。

 クラブとしては、快く承知してくれたが、その月の給料明細を見ると、客からの売掛金の赤字伝票こそ入っていなかったが、給料は三千円だった。

 まあ、仕方がないか。悪事に加担させられるよりは、マシである。

 麗は、納得してホストクラブを後にした。

 向かいにある昭和レトロ喫茶の十字架には、うっすらと光が帯び、なんだか神の救いを感じさせるようだった。


 これで、姉まさきの不倫相手である修二の計画は失敗に終わった。

 やはり修二は姉まさきをホスト狂にさせることで、あたかも自分が男好きの姉に誘惑された被害者を演じようとしていたのだった。

 姉まさきも、ようやく目が覚めたようだ。

 社交的で博識で、受け答えのうまい人がいい人だとは限らない。

 これからは、すぐ声をかけてくる男性とつきあう前に、もっと内面重視でいこうと決心した。


 私は、ホストクラブの向かいにある昭和レトロ喫茶に入った。

 扉に飾られている十字架は、昼間なので日光を浴びて光り輝いている。

 カウンター六席だけの小さな店であったが、ゴスペルが流れていた。

 しかし、ゴスペルって、童謡に似ているな。そういえば、ヨドバシカメ〇の音楽も、ゴスペルを元につくられたという。

 

 すると、信じられない光景を目にした。

 なんと、店長がカウンターに座り、サンドイッチを食べていた。

「ひとつ、いかがですか? 僕一人では食べきれなくて」

 さり気なしに、私に勧めてくれた。

「お言葉に甘えて遠慮なく頂きます。

 私はこの店の十字架に魅かれて、思わず入ったんですよ」

 店長は答えた。

「実は僕もそうなんですよ。

 僕と麗とは異母兄弟。

 僕の実の母は、僕が小学校四年のときに交通事故で亡くなったんですよ。

 実は、母はクリスチャンでした。

 日曜日ごとに教会に通っていたが、その間、僕は洗濯や料理をしていたんですよ。だから、僕は今でも家事は苦にならないですよ」

 私は思わず

「へえ、それだったら、今度料理を教えてほしいな。お勧めのレシピとかありますか?」

 店長は

「いや、僕は最初から何をつくろうとかじゃなくて、安い材料を買ってきて出たとこ勝負ですよ。

 たとえば人参とピーマンと唐揚げがあれば、まず、唐揚げを一口大に切って、野菜と共に油代わりにマヨネーズと水で煮込むんです。

 芯まで火が通ったら、それをケチャップで煮こんで、腐るのを防ぐためにほんの少しだけ酢を入れるんですよ。そうすれば、薄味に仕上がります。

 また好みでソースや粉チーズを入れても、美味しく仕上がりますよ。

 キッチンが汚れるので、揚げ物はしないですけどね」

 私は思わず誉め言葉を言った。

「それで、店長さんっていつもスタイルがいいんですね」

 私と店長とは、思わず笑いだした。


 店長は話を続けた。

「亡き母が言っていた御言葉のなかに「敵を愛せ。迫害する者のためにこそ祈れ」というのがあるんですよ。

 僕はそれを聞いたとき、不思議に思い、

「どうして、敵を愛せるの? 愛せないから敵なんじゃないか。

 どうして、自分を傷つけ、迫害する者のために祈らなきゃならないんだ」

と反発したものですよ。

 でも、母の言う通り、自分を傷つける者というのは、本人も傷つけられてきたに違いない。そういう人のためにこそ、神が必要なんだと思うことにしたんだ」

 私は納得した。

「結局、いじめも差別もその繰り返しよね。

 そのスパイラルをどこかで、食い止めなければ、最後に戦争が起こりそうですね。あっ、想像の飛躍かな?」

 店長は、軽く笑いながら

「戦争って、どちらも自分だけが正しいと思い込むところから、生じるんですね。

 正義というのは、国によっても時代によっても変わってくる。

 戦争を食い止めるために、法律があるんじゃないかな」

 私も頷いた。

「十戒なんてまさにその通りですね」


 店長は話を続けた。

「親父の再婚相手の女性もまた、クリスチャンだった。

 このことは、単なる偶然とは思えない。

 そしてその新しい母親になった女性も、僕の実母と同じことを言ったんだ。

 だから僕は、今でもその御言葉が大好きなんだといっても、今だに実行できないでいるけどね」

 私は思わず、軽く反論した。

「そんなことないですよ。店長としてうまくいくのも、やはりいろんな人を赦すことができるからじゃないですか。

 そうしないと、部下も客もついてきませんよ」

 店長は、ちょっぴり誇らし気な笑顔を浮かべて言った。

「そうかもしれない。僕も知らず知らずのうちに、神の影響を受けているのかもしれませんね。

 あっ、僕はときおりこの店にくるので、そのときは気軽に聖書の話をしましょう」

 えっ、聖書の話? じゃあ、私はそれまでに聖書を勉強しちゃおうかな。

「聖書って、インチキな方向に曲解するがいますね。

 そうならないためにも、私は店長に聖書の正しい知識を学ばなきゃね、いや、学ばせて下さい。お願いします」

と思わず頭を下げた。


 これで、店長と男と女を超えた人間同士の会話ができた。

 私のささやかな夢は、かなったのだった。

 もしかしてこのことも、神の御心なのだろうか。

 神様、感謝します。ハレルヤ


   十戒

一、主が唯一の神であること

二、偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)

三、神の名をみだりに唱えてはならないこと

四、安息日を守ること

五、父母を敬うこと

六、殺人をしてはいけないこと(汝、殺す勿れ)

七、姦淫をしてはいけないこと

八、盗んではいけないこと(汝、盗む勿れ)

九、隣人について偽証してはいけないこと

十、隣人の家や財産をむさぼってはいけないこと


一から四までは、神と人間との間の戒め。

その後の、五から十までは、人間同士の戒めである。

歌手の中森明菜の「十戒」とは無関係である。


(END)


 

 


 

 

 

 

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片思いのつぼみは思わぬ花びらとなった すどう零 @kisamatuma

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