第5話 姉に対する麗の誘惑は失敗に終わった
麗の顔は、一瞬青くなったが、さすがホストらしく、つくり笑いで言った。
「ということは、僕ももしかして闇の組織に狙われる危険性があったりしてね」
姉まさきは頷いた。
「その危険性がないとはいえない。
もうホスト君のなかには、給料どころか罰金まで払わされているホスト君もいるというわ。それが怖くて、女性客を金にしようとするのよね。
ブルブルブル」
麗は決心したように言った。
「ああ、やばそう。僕、明日にでも退職届をだそうかな。
そうしないと、罰金とかという名目で、給料から引かれるものな。
噂では、先輩や店の悪口を言っただけで、百万円罰金なんて制度もあるらしい」
姉まさきは答えて言った。
「そうですね。そしてあなたは、私を誘惑することに失敗した。
これで私も目が覚めました。修二とは別れます。
そしてそのきっかけをつくってくれたあなたに、感謝します」
ホスト麗は、答えて言った。
「ホントいうと、僕もホストのマニュアルとして、ボロイ服装の世間知らずそうな地方出身者の女の子を狙えと言われていたんですよ。
僕は罪責感を感じましたが、僕みたいな何の魅力も社会的能力のない男は、そうするしか他に方法がないと判断し、それを実行しました。
最初は優しく話を聞き、三回目の来店のときには二十万のシャンパンを入れさそうとしました。
ところが、想定外のことが起ったのです」
えっ、想定外?! 姉まさきは思わず身を乗り出した。
「僕は担当として、店の玄関まで送っていきましたが、少し威厳のありそうな中年男性が、僕を一瞥し、女性客に目配せしました。
僕の身に危険が及びそうな、嫌な予感がして、鳥肌が立ちました」
姉まさきは答えた。
「それでその中年男は、あなたの帰りを待ち伏せして襲ったなんて、まあ私の勝手な想像ですけどね。ビンゴだったりしてね」
ホスト麗は即座に答えた。
「はい。ビンゴです。まさにその通りですね。
実際僕は、ナイフで頭の後頭部を切られそうになりました。
実際は、ナイフとまな板を振り回されただけで、切られてなかったんですがね。
なぜまな板を持っていたのかというと、ナイフだけだったら凶器準備罪になりかねないからです。
いわゆる傷害罪一歩手前といったところですよ。
その中年男性というのは、いわゆるホスト嫌いの人だったんですね。
なんでも自分の娘が、ホスト狂で、家の金を使い込んだという苦い体験を持っていた人だったんですね」
姉まさきはため息をついた。
「よくあるパターンね。でも親としたらたまらないわよ。
報道番組で報道されている通り、その娘さんは風落ち、いわゆる風俗行きだったりしてね」
麗は、深いため息をつきながら答えた。
「僕も報道番組で見ました。
女性客に『肝臓を売れ、お前が五体不満足になっても俺たちの知ったことかと言われたり、外国の風俗で死ぬ気で働け』とかって本当にあるんですね。
人身売買みたいで、信じられないけど、僕は今、自分がそういう世界にどっぷりハマっていきそうで怖いです。
このままでは、取り返しのつかない地獄の一丁目にいているみたいで、崖っぷち状態です」
姉まさきは、同情したように言った。
「あなたの選択技は、二つに一つ。
このままこの世界から抜け出すか、それともこの世界にいて、女性客を金にするかよね。
もう今では、女性客が入ってきた時点で、店ぐるみで女性を値踏みするらしいわね。たとえばこの女性は、グラマーだからソープ行き決定とかね。ブルブルブル」
入店後、一時間が過ぎた。
支払額は、姉まさきとホスト麗のコーン茶二杯分。
麗は、無理やり酒を飲まされるから、コーン茶を注文する客は麗にとっては、救いの女神のようなものだという。
もちろん麗が、コーン茶を飲むことも快くOKしてくれる。
麗は「また来て下さい。あっ、その前に握手して下さい」
麗の差し出す左手を、姉まさきは暖かい両手で包んだ。
麗は、軽くお辞儀をし、姉まさきの背中をいつまでも見送っていた。
私は、スマホショップの店長のことを、忘れたことはなかった。
隠し撮りをした写真を、毎日眺めていた。
還暦間近になって、私の恋はまるで中学生がアイドルの追っかけをするのと同じ程度のレベルである。
でもいいじゃない。不倫じゃあるまいし、独身男性を好きになるということは、罪のないことである。
しかしあくまでも恋じゃなくて、愛。
神の愛のように、哀の気持で相手を考えていれば、通じるはず。
結ばれるなんてことは、最初から考えていない。
しかし、結ばれるとはどういうことだろう。
現代は、セックスが男女の愛オンリーなんて、思っている人はいないだろう。
もちろん、私は店長とそういった男女関係になりたいなどとは思ってはいない。
昔、結婚はゴールインと言われたものであるが、離婚率が2.5組に一組になった今、ゴールインどころか女性にとっては、苦境を負わされる原因となっている。
私にとって結ばれるとは、相手が誰であれ、神の愛を伝えることだと思っている。
ただ、店長に会えるだけでいい。
しかし、それも今の私にとっては不可能なことであるが、神の御心があれば、不可能も可能になるだろうと確信している。
ただ、恋のように、相手に無いものねだりをするだけでは不可能であろう。
そんなことを考えていると、信じられない光景を目にした。
なんと麗が「お兄ちゃん」と言いながら、店長を追いかけているのである。
えっ、店長と麗が兄弟?! でも似てはいない。
姉まさきは、思わず振り向いて麗に尋ねた。
「あのう、この店長さんとあなたは、身内関係なの?」
店長は黙って頷いた。
「うん、そうです」
姉まさきは、店長に挨拶した。
「いつも、妹がお世話になっています。
妹は、店長さんと巡り合ってから、生きる希望がわいたなんて言ってるんですよ」
まあ、それはその通りだが、あまりにもリアルな物言いである。
店長は、目を細めながら
「お世話って、特に僕は何かをしているわけでもないが、まあ、店長として出来る限りのことはしています。
ホントは、あるアプリに詐欺が多いなんてことも、身内間だけの話だったんですよ。でも、僕は妹さんを傷つけたくないという思いから、あえてそのことを忠告したんですね」
私は思わず感心した。
「やっぱり店長さんって、妹がリスペクトするだけの人ですね。
まあ、個人的おつきあいは到底ムリなことはわかっていますので、せめて見つめるだけの推しアイドルになってやって下さい」
麗は、思わず口を挟んだ。
「僕らホストは、見つめるだけの対象になんてならないけどね。
これって、母が子を思う母性愛に似ているね」
店長は、ため息をつきながら言った。
「僕、来月には転勤になるんですよ。
その前に、妹さんとの思い出をつくっておきたいな。
と言っても、お客さんと個人的に会ったり、電話やラインも許されないから、僕の行きつけの店を教えますよ。
あっ、ときどき弟の麗ともご一緒するかもしれませんがね」
麗はあるカフェを指さした。
いかにも昭和レトロの古びたカフェであるが、なぜかドアには白い十字架のデザインが施されている。
麗は言った。
「この白い十字架はね、夜はひっそりと目立たないけど、でも救いのようなものを感じるんだ。
十字架を見つめている限り、まっとうに生きられそうな気がするんだ。
夜が明けると十字架が、朝日に照らされてうっすらとピンクに帯び、昼になると、陽光に照らされて金色の光がキラキラと輝くんだ。
僕にとっては、なくてはならない生きる証のようなものなんだ」
店長は言った。
「僕は月に一度十五日、麗のことが心配で様子を伺いにくるんですよ。
麗が悪の道に入らないように、見張っているというわけですよ」
麗は笑顔で言った。
「お兄ちゃんだけだよ。こんなに僕を親身になって心配してくれるのは。
今までグレもせずに生きてこられたのは、お兄ちゃんがいてくれたからだよ」
店長は昔を懐かしむように言った。
「そういえば、小学校のとき、僕たちは貧困家庭だったな。
まあ、今は六人に一人がそうだというけどな」
えっ、店長が貧困家庭だったなんて?
信じられない。どうみても金に苦労したことのない、エリートのように見える。
麗が話を続けた。
「母さんは、僕たちを養うために、当時、昼は保険の外交、夜は水商売をして、睡眠時間もろくにないほどだったな。
僕が中学一年のときに、再婚してからはそうではなくなったがな」
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