第4話 姉の不倫相手は内気な女性フィチ
もしかして、これも神の導きなのだろうか。
私が店長に求めているのは、男女間の恋ではなくて愛。
しかし、店長という立場上、それすらも許されないのだろうか。
今の私は、店長を見つめていられるだけで、私の心の栄養なのだから。
お手拭きを渡すことができなくなったが、ただアイドルのように見つめていられるだけで、幸せと充実感を感じるのが事実である。
アイドルが月日の流れと共に、マスメディアから消えるように、店長を見つめていられるだけの幸せも、いつかはフェイドアウトしていくのだろうか?
それでもいい。
この幸せを大切に守り続けていこう。
そう思って家路に着いていると、思わず詩が浮かんできた。
「あなたを見つめることの幸せ」
恋は一人称の片思いがいいの
遠くから見つめていて ときどき挨拶する距離の仲が
私にとってはサイコーのエキサイト
だから、いつまでも私のそばにいて
せめて見つめることが許されるのなら
たとえ私が今より変わったとしても
いつまでもそのままの君でいてほしい
これがたったひとつの 私のぜいたくな願い
珍しく姉が、平静な表情をしていた。
実は姉は、一時期、不倫をしていたのだった。
といっても、勿論相手の男性が所帯持ちであるということなど、想像もしていなかった。
姉は、学生時代から極めて地味な存在であり、交際などあまりしたことはなかった。
姉は高校三年のとき、クラスの集団活動が合わなくて、軽いイジメを受けたこともあったという。
まあ、OAの発達した今、集団活動そのものがなくなってしまったが。
二十歳の頃、OLをしていたとき、電車で声をかけられた男性に誘われるままについていったのだった。
男性は、単身赴任中だった。
男性ー姉より一つ年上の修二は、最初は姉にやさしく接していた。
とにかく受け答えがうまくて、口下手な姉の質問にもまるで打てば響くような、的確な返事を返してくれる。
姉は、すっかり修二に夢中になってしまった。
修二の誘われるままに、関係をもつまでに時間はかからなかった。
姉の彼氏ーといっても、実際は不倫相手でしかないがーつきあって半年後、姉をホストクラブに誘い出した。
なんでも、修二の友人から頼まれたという。
「僕の幼馴染が今、ホストをしてるんだ。
いや、ホストといっても、現在問題になっているように、売掛金で女性客を縛ったりするような悪質ホストではないよ。
僕の顔を立てると思って、一か月だけ通ってくれればいいんだ。
料金は僕が君にプレゼントするよ」
姉はその言葉をすっかり鵜呑みにし、修二の紹介したホストクラブへと出かけていった。
修二とつきあい出して、半年たっても、修二は姉には
「妻と別れていずれは、君と結婚する。
もう妻との関係は、冷え切っている」
この言葉を連発するだけで、進展はなかった。
しかし姉はホストクラブに通うことで、修二のこともあきらめることはできるのではないかという覚悟のようなものがあった。
このことは、修二が仕組んだ罠だということは、姉は微塵も気づかないままに、姉はホストクラブデビューをすることになった。
姉は、繁華街の裏通りにあるホストクラブに初回料金で行くことにした。
雑居ビルの三階にある小さな店である。
派手なインテリアもなければ、ミラーボールもない。
ホストクラブのスタッフの紹介で、担当ホストを決めることになった。
最初に姉の隣についたのは、二十歳くらいのモデルまがいのイケメン君だった。
さすが、ホストになるだけのことはあって、垢ぬけたイケメンだと姉は感心した。
高校を卒業し、美容学校を卒業したばかりだという。
すると彼は、深刻そうな泣き顔になった。
彼曰く、中学二年のとき、自営業をしていた父親が連帯保証人になって、行方不明になったという。
それからは母親が働き、中学生の弟の面倒をみているという。
美容師見習いというのは、給料が安いので、この店で働いて貯金をしたいという。
最後に「そういう事情ですのでよろしく」と涙交じりの声で言ったが、姉は半信半疑だった。
水商売特有のお涙頂戴話、まっぴらごめん、そんなものにひっかからないよと思ったという。
二人目も、イケメン君だった。
酔っ払ったような調子で、九州の地方から出て来たという。
いきなり姉に握手を求めてきた。
姉は、不倫相手修二以外に男性とつきあったことがないので、非常に新鮮な気がして、握手に応じた。
修二の湿った手のひらとは違う、暖かくさっぱりとした感触があった。
修二に不信感を抱き始めている姉にとっては、一歩間違えれば地獄の入口に入るかもしれないグレーゾーンに陥りそうな自分に、救いの手を差し伸べてくれているような気がした。
このまま不倫を続けていたら、いずれは家族に暴露するときが訪れる。
いつか、一人娘の不倫に対してある母親が
「あれは人間のクズだ」と嘆いたというのを聞いて、姉は私はそうはなりたくない、いやなってはならないと痛感したという。
修二とは潮時のしるしに、姉は二番目のホストー麗(れい)を指名することにした。
麗は人気ホストであり、姉の席にはあまりついてくれないだろうということを承知で、姉は麗を指名した。
初回料金は二千円であったが、二回目は二万円であった。
麗は姉の席につくことはできないので、代わりのホストがヘルプとしてつくことになった。
「初めまして、僕が修二の友達です。
僕は修二からあなたのことを、頼まれていました」
姉はドキリとした。別れ話なのだろうか。
半分はそれを期待していた。
修二とは、これ以上つきあっていてもなんの発展もない。
よしんば結婚しても、うまくいかないだろうという暗い予感があった。
もしかしたら、人気ホスト麗は、姉をホストで借金漬けにした挙句、修二と別れを持ち出そうとしているのだろうか?
それが成功すると、借金漬けの姉は加害者であり、むしろ修二はホスト狂の姉から誘惑された哀れな妻帯者ということになる。
すると、麗から意外な言葉がでた。
「僕、さっき修二さんとは友達といったけど、本当は違う。
修二さん、いや修二おっさんとは、去年まで勤めていた会社の先輩だったので、友達のフリをしていただけです。修二さんはパワハラ上司ならぬ、パワハラ先輩でした。自分の失敗を僕のせいにし、僕の手柄を横取りしようとする。
表面は社交的でいつも笑顔のムードメーカー。その上勉強家で努力家で、博識で自治問題など、いろんなことを知っていて、自分の意見を述べるので、そういった意味では見習うべき先輩でしたけどね」
姉も修二のそういったところに、魅かれたのだろう。
ホスト麗は、奇想天外な事実を口にした。
「実は、修二おじさんは僕の妹を誘惑したんですよ。
僕の妹は、少し耳が遠くて、でも社会生活に支障をきたすほどではなかったですけどね、内気な性格だった。
バイトしているコンビニでも、客の話が聞き取れず、叱られることもありました。
耳鼻科に行っても、心因性のものだろうと言われるだけで、治療の仕様がないと言われました。
そんな妹を、修二おじさんは誘惑したんですよ」
私はジョーク交じりに言った。
「もしかしたら修二おじさんは、そういった内気な女性を誘惑するという趣味でもあったりしてね。だったとしたら、極めて悪質な趣味の持ち主ね。内気フィチとでもいうのかな。
それとも、修二おじさん自身が、もともと内気な性格で、人から誘惑されたりだまされたりしたという悲惨な体験の持ち主かもしれないわね。
あっ、このことは私の勝手な想像だけどね」
ホスト麗は、感心したかのように言った。
「人間は、受けたものしか返さないといいますね。もしかしたら、あなたの想像通りだったりしてね。
あっ、あなたじゃ失礼ですよね。お名前頂戴できませんか」
姉は思わず吹き出した。
「お名前頂戴しますよ。という物言いからして、麗君は営業の仕事をしていたのかな?
私のこの店での名前は、まさきということにしてほしいな。
男性だか女性だかわからない、中性的な名前ですがね」
ホスト麗は、微笑みながら答えた。
「じゃあ、これからはまさきさんと呼ばせて頂きますね。
僕はまさきさんの言う通り、人を恨まない手段としてこう思うことにしてるんですよ。どんな極悪非道の大悪人でも、やはり悪事をするには、それなりの環境がある。その本人も、そういった劣悪な環境のなかにどっぷり漬かり、なんらかのいじめ被害を受けてきたのかもしれないなと」
姉まさきは思わず、答えた。
「そういえば犯罪者に、幸せな家庭の人は誰一人いないというわね。
もしかして自分の受けた傷からでた膿を、誰かにまき散らしているのかもしれないわね。だとしたら、そんな不幸の連鎖は、誰かが断ち切っていかねばならないわね」
姉まさきはホスト麗に思い切って質問した。
「私が修二に不倫していることは、あなたも周知の筈ね。
もしかして、あなたはホストとして私を誘惑し、大金を遣わせた挙句のはて、肝臓を売らせ、外国に売春婦として売り飛ばすつもりなのかな?」
麗はびっくりしたように言った。
「うわあ、過激なストーリー。でもこの頃のホストクラブは一歩間違えればそうなる危険性がありますよ。
ホスト個人じゃなくて、店ぐるみでそれをしていますからね。
もちろん裏には、闇の組織がついてますがね。
正直いって僕も怖いんですよ。早く抜け出したい気持ちでいっぱいですよ」
まさきは思わず答えた。
「まあ、難しいわね。闇の組織は執念深いからね。
本人のみならず、家族を襲ったりもするわ。
昔はそういった人を庇ったりかくまったりしていた人がいたけど、今はそれも許されないわ。関わった人も罰せられるものね」
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