二人で勉強?



 また少し時間が経った。



「慧君!」



 慧が顔をあげるとアスカが立っていた。



 アスカは白いニットにグレーのカーディガン、淡い紅めのスキニーを履いていた。



 肩にカバンをかけている。



 今朝家に来た時と同じ服を着ている。



「アスカさん」



「慧君は勉強?」




「いえ、旅館のことで。大学なら神話に関する資料の本も多いし、なにかわかることないかと思って」




「ほう……」



 アスカは興味深そうに片眉をクイっと上げた。



「旅館以外でもできることはなんでもやっておきたいんです」



「感心感心」



 アスカは笑う。



「アスカさんは?」



「私も同じだよ」



「この時間空いてるんですか?」



「うん、空きコマだよ」



 アスカは自分で本棚から資料を取ってくると慧の横の席に腰かけた。



 二人で本を読みこんでいく。





 慧が日本神話について読んでいると、

「何か分かった?」



 アスカが小さな声で訊いてくる。



「何も」



 慧も小さな声で返しながら首を振る。



「そっかぁ。ん~……」



 アスカは丸まっていた体を気持ちよさそうに伸ばした。



「資料替えよっかな」




 アスカは資料を抱えて本棚へ行った。そしてすぐにまた多くの本を抱えて戻ってきた。



「民俗・伝説?」



 アスカは神話とは直接関係のなさそうなジャンルの本を持ってきた。



「関係あるかはわからないけど、ダメもとでね」



 アスカも何でもいいから情報が欲しいと思っているということであろうか。



 また二人は並んで本を読み始めた。




 静かな図書館に人はまばら。



 二人の前を通る学生もいるが、まさか実際に神にあった二人だなんて知る由もなく素通りしていく。



 アスカが不意に本から目をそらし、呟き始めた。



「子丑寅卯辰巳……」



 アスカが指で数えながら呟く。



「今年は辰年ですよ?」



 慧はアスカが何年なのかを気にして干支を答えた。



「ン? あぁ、ありがと」



 そう言って、またすぐにアスカは本を視線を戻す。



「もーもたろさん、ももたろさん~……」



 アスカは小声で、隣の慧もわずかに聞こえるほどの声量で歌を歌い出した。



 慧はアスカを横目でちらりと見る。



 アスカはちょうど昔話桃太郎についての資料を読んでいた。



(昔話を研究している人がいるんだ)



 しかし、先ほどからアスカは何を考えているのだろうか。



 突然干支を気に出したり、桃太郎を読み出したり。



 そんな資料を読んでどうするのだろうか。



 もしかしたらアスカも資料が難しくて少し飽きているのかもしれない。




(アスカさんでもそんなことあるか。昨日旅館でショックなこと場面に居合わせたわけだしな)




 気を張った状態がここの所続いている。慧以上に旅館に通っているアスカならなおさら神経をすり減らしているに違いない。




 この一件が片付いたら何かで疲れを癒せるようなことをできればと慧は思った。






 大学のチャイムが鳴った。



「あ、授業いかなきゃ」



 アスカは本を閉じて伸びをする。



「慧君は帰る?」



「じゃあ俺は帰ります」



 慧は授業はないのでまだ図書館で資料を読む時間はある。



 しかしこれ以上読んでいても特に何か見つかる気はしなかった。



 集中力も切れている。



 アスカと共に本を片付けていく。



 ちらりとアスカの横顔を見る慧。



 長いまつげ、ツンと先が小さく控えめに尖った鼻、口角が上がった唇。



 少し疲れているのだろうか、慧には分からなかった。



 無表情ではあるが、いつものアスカの横顔に見えた。

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