露の神



 慧が紅茶を淹れて持ってくるのを、アスカは待っていたようで話をし始めた。


 紅茶は氷と共に容器に入れられている。アイスなのでホットよりも濃く淹れてある

のがポイントである。



「昨日はよく眠れましたか?」



「よく眠れたよ」



 そう露の神は答えた。



 しかし慧にはどこか、何かを誤魔化しているかのように見えた。




「ピリ……静電気の神様から聞いたんですけど彼女とはお知り合いだとか」



「えぇ、一緒に働いたことがあるらしいですね」



「らしい?」



 慧は露の神の言い方が気にかかった。なぜピリの方が知っているのに、彼の方は知らないのだろうか。



「正直、会うまで俺は知らなかったんです。向こうから挨拶されてそのことを知ったんです。あの時は他の者も多かったですから……」



「そうですか……」



 一方的にピリの方が知っていたということだろうか。一般の世界でもどちらかが知

っていることはあるだろう。



「ところで、今朝はどちらに行かれていたんですか?」



 慧は彼がどこに行っていたのか気になっていた。あんなに泥だらけになってどこに行っていたのだろうか。



 そう慧が訊くと、露の神は途端に渋い顔をして、



「まぁ、いろいろだよ」



 そう言ってアイスティーを飲み干した。



「もういいかな。ちょっと用事があるんだ」



 そう言って露の神は席を立った。



 どこまでいっても彼は旅館の宿泊客、従業員の二人が行動を縛ることはできない。



「はい。呼び止めてすみませんでした。ありがとうございました」



「紅茶ごちそうさま、すごくおいしかったよ」



 彼は微笑みながら、さっとその場を立ち去った。



 やはり彼の行動は聞き出すことはできなかった。



「あ!」



 アスカが声をあげる。



「どうかしました?」



 何か気が付いたのだろうかと慧は期待する



「呼び方訊くの忘れてた!」



 アスカはそう言って悔しそうに指を鳴らした。



「まぁ、良いんじゃないですか」



 慧はガクリと脱力した。




 二人が片づけをしていると、誰かが二人に声をかけた。


「あぁ、ちょっと二人とも」



 ピリはアスカと慧を呼び止めた。



 彼女はラウンジのソファーに座って手招きをしている。



「どうかなさいましたか?」



 そう慧が訊くと、ピリは口角を開けてあるモノを取り出した。



「これは将棋盤ですね」



「私と将棋指してくれないかな?」



「時間もあるし、大丈夫ですよ」



 アスカはピリの向かいのソファーに腰かけた。



「アスカさん、将棋指せるんですか?」



「うん。友達が好きで教えてもらったから」



 慧もアスカの横に座った。



「じゃあ俺は見てればいいんですかね?」



「ううん、慧君も指せるなら」



 そう言ってピリはもう一つ将棋盤を取り出した。



「二人を一気に相手するんですか⁉」



「大丈夫だよ」



 ピリは着々と準備を進めていく。どこからか駒を取り出して並べていく。



「また高級そうな将棋駒……!」



 フレンドリーと言えども、人と似ていると言ってもやはり彼らは神なのだと慧は実感する。



「お客様だからって負けませんヨ⁉」



 アスカはニヤリと笑う。



「もちろん、手加減なんてしたらイヤよ」



 ピリもニヤリと笑った。



(怖い……)



「それではよろしくお願いします」



 三人は一斉に礼をして将棋を指し始めた。

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