親の思い出



 旅館の中はすでにいつもの調子である。



「こっちだよ~!」



 そよはター坊とコロちゃんズと遊びまわっている。



 ター坊は相変わらず五本の尻尾をフワフワと揺らしながら走っている。おまけに冬が近いからか毛が長く多くなってきており、体が膨らんで見える。



 その後ろをコロちゃんズが走って追いかけている。



(コロちゃんズも遊び相手にしてるんだ。珍しいな)



 コロちゃんズも楽しそうに慧には見えた。



 無邪気なものだと慧は思う。



 彼がそよの見た目の年頃の頃はあのような無邪気な姿をしていた記憶は一切ない。



 きっと他の同級生はそうだったのだろうかと思った。



 もしもあの年頃の時の自分に両親がいたら、とそんなことを考えながらそよの姿を見ていた。



 そよの姿が慧の小さい頃を思い起こす。



 すでに彼は両親と永遠の別れをしていた年頃。



 両親のことを思い出す。



 両親のことはおぼろげだ。



(でも……、いつも笑っていたような気がするんだよな)



 いつも抱きしめられていたような温かさを覚えている。







「おはよう、慧君!」



「おはようございます。アスカさん」



 アスカが現れた。手を振りながら元気に近づいてくる。



「一人で何考えてたの?」



「何でもないですよ」



「ウソ。何考えてたの?」



 アスカは慧の顔を覗き込んでくる。



 有無を言わさぬ物言いに慧はどきりとする。そして勘が鋭いもんだと慧は感心する。



「ちょっと昔の、家族のことを思い出してました」



「ふ~ん、そっか……」



 自分から訊いてきた割にはアスカの反応は薄い。



「あれ、なんか期待と違いました?」



「ん? ううん、そんなことないよ」



「俺の親はよく笑っていたような気がするんです」



「素敵な人たちだったんだろうね」



 慧の中に残る両親の笑顔の記憶。今、この記憶があるだけで家族のつながりを感じることができる。



 きっと両親が慧に残してくれた大切なものかもしれないと慧は思った。



「この間のお盆では会えなかったですけどね」



「いつか会えるよ」



 アスカは優しく微笑んだ。



 すると、二人の居る廊下の向こうに誰かがやってきた。



「砂粒の神様だ」



 砂粒の神は一人廊下を歩いていく。



「どこに行くんでしょう? 温泉でしょうか?」



「温泉ならタオルの一枚くらい持ってくよ」



「でもあのカバンの中に入っているのでは?」



 慧が言うように、砂粒の神はカバンを持っていた。



 しかしそのカバン、かなりの大きさだった。小さい人間なら入ってしまいそうなサイズである。



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