ツクヨミの話 その1
「はいどうぞ」
ケイコは紅茶のポットをお盆に載せた。皿に三つの果実のドライフルーツも載せ
た。
「ありがとう! じゃあ慧君、レッツゴー!」
二人は再び階段を上り、ツクヨミの部屋へ向かう。
アスカはツクヨミの部屋の扉をノックする。
「…」
何も反応はない。
「お部屋にいないのかな」
すると、
「はい?」
扉の向こうから声がした。
「失礼します! 旅館のものですが」
「…」
ガチャリと鍵が開く音。扉がほんの少しだけ開く。
狭い隙間から、ツクヨミが顔だけ外に出した。髪型が崩れている。眠っていたのだろうか。
「申し訳ありません、お休み中でしたか?」
「…いえ、大丈夫です。どうかされましたか?」
「今度、旅館でウェルカムドリンクを始めようと思うのですが、味見などしていただけませんでしょうか?」
「…」
断られるだろうか、二人は直感でそう思った。
「どうぞ」
ツクヨミは扉を大きく開けた。
「失礼します」
二人はツクヨミの部屋に入る。
「いかがですか? お部屋の方は」
「過ごしやすいですよ。それに景色がいいですね」
ツクヨミは部屋の一番大きな窓を見る。カーテンが前回なので部屋の中から外の世界が良く見える。
「この旅館の客室のほとんどは南の方角に大きな窓が付いているんです。日当たりも良いですし、山と海も見えるので景色も良いですよ」
「そうですね」
「紅茶なんですけど、お口に合えばいいな」
アスカはカップにお茶を注ぎ、ツクヨミの前へ出した。カップには三日月が描かれている。
細かい所の心遣いはケイコのアイデアだろうか。
「どうも、いただきます」
ツクヨミは紅茶を口にする。
「…美味しいですね」
「良かった、ありがとうございます! ドライフルーツもあるので良かったらどうぞ」
ツクヨミは少し躊躇うように空中で手をさまよわせたが、一つ手に取って口にした。
ツクヨミはブドウを食べた。
「…これも美味しいです」
「他の皆さんとはほとんど初対面だとアマテラスさんはおっしゃっていたんですけど、ツクヨミさんも同じですか?」
ツクヨミは頷く。
「はい、自分はあまり社交的な性格ではないので。知り合いはほとんどいません。今回いっしょに来た彼らとも面識はない、初対面です」
「ということは、印象とか特にないですよね?」
ツクヨミはここで不思議そうな顔をした。
「えぇ、特には。何か彼らに気になることでもあるんですか?」
まずい、慧はとっさにそう思った。
アスカは急ぎすぎたのだ、このままだとツクヨミに警戒されてしまうかもしれない。
何か、良い言い訳をしなければ。
「ただ神様をお迎えするのは今回が初めてですので、どういった方々なのかと聞いておけばこちらでできることもあるかと思いまして」
アスカはとっさにそう説明した。
聞いてツクヨミは頷く。
「そうですか…。お気遣いありがとうございます。でも、我々に特別なことはしなくて大丈夫です。いつも通り、他のお客さんと同じように扱ってくれると喜ぶと思います」
「そうですか?」
「えぇ、我々は行く先々で過剰な接待を受けることがあるのですが、それがかえって我々にはつらく感じたりもするのです。特に姉は、そのことを悩んだりもします」
「アマテラスさんが?」
「はい。姉は種族を超えて仲良くなりたいと思っているんです。しかし彼女はこの世界では最高の位にいる神、最高位にいなければならない神です。みんな彼女を畏れます。それが手に取るようにわかるからこそ悩むのだそうです。『自分はどう接すればよいのだろうか』と。皆が望む神としていなければならないこと、その姿では彼女の本心の姿ではいられないのだって」
「そうですか…、それは辛いでしょうね」
気を遣われる者の悩み、誰も本音で話してはくれないということだろうか。
それはきっと、かなりきついだろうなと慧は思った。
「よく話していました、『みんなで寝間着姿で一晩中語り合ってみたい』と」
「………」
(やっぱりちょっと天然なんだな)
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