神、降臨

秋が始まる



 石岡慧はその日大学で昼休みを過ごしていた。



 廊下を歩いていた時のこと。



 誰かが彼の肩を叩いた。



「慧君、久しぶり」



「アスカさん」



 大学内でアスカに呼び止められた慧。



「アスカさん、どうかしたんですか?」



「ちょっと来て」



 アスカは誰もいない教室へ入っていった。



 慧も後を追う。



「この週末、旅館に来てくれる?」



 旅館で働いている女子大生、榊アスカに大学でそう言われた慧。



 彼が経験したのは夏休みの間の約一カ月。



 本当にいろいろなことを経験した。



 濃すぎる毎日を過ごした。



 そしてもう一度、あの旅館に行ける。そう思い胸が弾んだ慧。



「行きます」



 そう一言返答した。



「うむうむ、よろしい、よろしい」



 その慧の心の奥をすべて理解しているかのように、大きく頷いた。



「じゃ、週末待ってるね!」



 アスカはウインクして颯爽と教室を出ていった。



 急に静かになった教室。



「突風のような人だ」







 週末までの数日間、慧はそわそわとした気持ちで過ごしていた。



 時間があれば、黄昏館のことを思い出していた。



「俺は子供か!」



 楽しみであるのは良いことであるが、バイトをしに行くのだ。



 気を緩めすぎてばかりはいられない。仕事を覚えているだろうかと少し不安になった。



 しかしそうは言っても楽しみだと思った。





 金曜の夜のこと。



「また明日バイトに行くんだっけか?」



 夕食後、祖父がソファーに腰かけながら言う。



「うん、この土日行ってくるよ」



「朝は早いんだったかね?」



 祖母も会話に入ってくる。



「ちょっと早めって感じ」



「じゃあちょっとした朝ごはんでいいか。おにぎりか」



「作ってもらえるとありがたいでございます」



「作るよ」



「ありがとう」



「それじゃ、お風呂入ってくる」



 祖母はそう言って風呂場へ向かっていった。



「あ、明日の準備しなきゃ」






 翌朝、慧は自転車で旅館へ向かった。



 久々の旅館への道は、少し肌寒かった。



 この間のように、自転車をこいでいても汗をかくことは無い。



 そしてあのトンネルの前。



「さて行くか」



 一度止まってからトンネルへ。



 トンネルを抜けた先の世界も季節が変わって秋模様である。



 黄昏館の扉を開けた。



「いらっしゃい、慧君」



 女将が慧を出迎える。いつもと変わらず丁寧な雰囲気である。



「お久しぶりです」



「待ってたよ!」

 アスカもぴょこりと顔を出した。



「今日はよろしくお願いします」



「これ着替え、奥の部屋使って。慧君の場所そのままになってるから!」



 確かに部屋は慧が夏にいた頃のままになっていた。



 ただ片付けていなかっただけであろうが、自分の居場所はまだここにある、そんな気がして慧は嬉しかった。

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