始まる旅館



「お待たせしました」

 着替えを済ませて受付に戻る。


「お迎えの準備をしよう!」



 チェックアウトした部屋の片づけをして、泊まれるように準備をする。



 シーツ、浴衣、タオルを回収、トイレと洗面所の水回りの掃除に、部屋の掃除。



 黄昏館の部屋はすべて和室となっているので、ほうきで畳の床を掃く。



 布団も干してフカフカにしておく。



 布団は部屋から持ち出し、干す場所へ運ぶのだが、これがかなりの重労働。



「重いな!」



 布団を持って階段を上り下りするのは布団に視界を遮られて見えづらく、とても大変で、慧には苦手な作業だった。



「頑張って! もうちょっとだよ!」



 アスカに励まされながら布団を運ぶ。



 布団を干したら二人はまた部屋に戻る。



 このタイミングで歯ブラシなどの備品もしっかりと置いておく。



「よし、掃除は済んだから。整理しよう」



 テーブルなど、家具を決められた位置に戻す。



「今日はこのお花を飾ります!」



 アスカは部屋にある花瓶に持ってきた花を飾った。



「津軽さんが用意してくれた花、イイね!」



 今日は秋の花が宿泊客を迎える。



 控えめな色の綺麗な花だ。



 花瓶のデザインは部屋ごとに異なっている。



「この花瓶って手作りですよね」



「そう、コロちゃんズと女将さんが作ってるんだよ!」



「そうなんですか⁉」



「今度作るところ見せてもらうといいよ!」








 アスカと慧は客を迎える準備が整うとカウンターへ戻った。



「いらっしゃいませ!」



 今日の宿泊客が姿を現した。



 全員が和服を身に着けていた。



 何人かの団体客、その姿はどこか高貴で品が溢れる感じであった。



 なかでも先頭にいる女性。



 誰よりも気品に溢れながら、物腰柔らかそうな雰囲気。



 着物に身を包んでいるからだろうか、より一層ただならぬ雰囲気が増している。



 明らかにただものではないだろう。



 しかし親しみのある優しさを感じる。



 温かい。



 なぜか目を向けてしまう、そんな不思議な魅力を持っている。






「本日こちらでお世話になる者です」



 女性が代表して話す。



 見た目から想像される通りに柔らかい口調。



「お待ちしておりました」



 女将が丁寧に対応していく。大学生二人は後ろから女将のサポートをしていく。



「確認のためにお客様のお伺いしてもよろしいですか?」



 一番前の女性が口を開く。



「はい。アマテラスです」



「!」

 慧はピクリと動いた。



(え? 聞き間違えか……?)



「はい、アマテラス様。お待ちしておりました。お部屋にご案内いたします」



 女将が一行を部屋に連れて行った。





 訊き間違えたわけではない、そう言っていたのだ、その名前で予約していたのだ。



 その名前で予約しただけで別名なのだろうか。




「それにしても…、とんでもないオーラだったな」



 一行が部屋へ向かった後、慧とアスカはカウンターに残った。



 緊張から一転、落ち着いた静かなカウンター。



 慧はしばしボーッとしてしまった。



「アマテラスって…?」



 横にいるアスカにぼんやりと声をかける。



「うん、そう。日本の神様」



 サラッと答える彼女。



 今、この旅館で日本の神々のおもてなしをするということである。



「あぁ、そういう旅館だったわ」



 ぽつり呟く。



「慧君、行くよー!」



 いつの間にかアスカはカウンターを離れ、その場所から慧を呼んでいた。



「はい! 今行きます!」



 アスカのもとへ向かう慧。



 その顔からは少し笑みがこぼれていた。








 ここは旅館、黄昏館。





 不可思議なことが日常的に起こる旅館だ。




 黄昏館の不可思議な午後がまた、始まる。




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