高校受験のレナ その2



 慧もこの高校に入るつもりであった。



 元々公立高校に進学したいと思っており、その中で一番通いやすいその高校を選んだ。



 慧にとって偏差値でいうと合格は間違いないと言われるくらいのレベルであったので問題はなかった。



 レナに関してもその点では同じなのだが、彼女の場合は慧よりもさらに偏差値が高かった。おまけに彼女は公立、私立の希望は出していなかった。



 中学校の教師たちからすれば、なるべく高い偏差値の高校に進学して教育を受けてほしかったのかもしれない。



 悪い見方をすれば、腹の底では、偏差値の高い高校に進学してもらうことで、中学校に箔をつけたり、教師として評価を高めようとしていたのかもしれない。



 もちろん、そんなことは学生に関係ない。



 レナはそんな環境の中で自分を貫いた。



 人生経験豊富な大人たちの中でぶれることは無かった。



 傍から見ていた慧にはよくわからなかった、なぜ彼女がそんなにその高校にこだわるのかが。





 だからあの日一緒に帰っているときに訊いてみた。



「どうしてあの高校に入りたいの?」



「慧ちゃんが行くからかな!」

 レナはにこりと笑顔を見せる。



「なんで?」



「慧ちゃんが心配なんだもん!」

 レナは西に落ちていく太陽の方を向いてそんなことを言った。



「何それ」



 慧はレナが本当の理由を隠して、とぼけているのではないかと思っていた。



 慧自身、レナが同じ高校に来てくれれば不安な気持ちを和らげて生活を始められるから心強いが…。



「…」



 沈黙。



 夕暮れ、吹く風がすこし肌寒い。



 もし、レナにより良い環境があるのならば、そちらに身を置いて生活をした方が彼女のためではないかとも思っていた。






 しかしそんなことを慧は言わなかった。



 慧がレナと同じ高校に通いたい心理があったのかもしれないし、レナが決めたことだと割り切っていたからかもしれない。





 ある日も教師はレナと面談をしていた。




「この高校が悪いとは言わんが、後悔するかもしれんぞ? 考え直した方がいい、そうすべきだ。大学受験の時も偏差値が高い高校にいた方が有利だぞ? これは佐々木のためだよ」



 ついに担任はあからさまな意見をレナに言いだした。



「先生、私の心はもう決まっているんです」

 レナはどこまでも落ち着いて答える。



「私、どこの高校に行っても自分の道を歩いて生きてみせます!」



 まっすぐな瞳で語った。



 どこまでもまっすぐに向き合ってくるレナに教師たちは遂に根負けした。



 レナは慧と同じ高校を受験し、無事に同じ高校へ進学が決まった。



「四月からも同じ学校だね! 良かった!」



 合格発表の日、レナは手を叩いて喜んでいた。



「レナの合格は絶対だったでしょ」



「絶対なんて、無いって!」



「それでもそんなに喜ぶかね」

 レナを置いて歩きだす慧。



 レナにはこの高校に好きな人でもいたのだろうと思っていた。そうでもなければこの高校に来るなどありえないと思っていた。



 それは、中学時代の部活の先輩だろうか。



 先を歩く慧をの背中を真っすぐに見つめて、レナは小さく、本当に小さく誰にも聞かれないように呟いた。






「だって慧ちゃん…、いなくなっちゃいそうなんだもん……」








 慧とレナはまた同じ学校で三年間を共にした。



 レナに大学進学に関しても、進学先を決めるときもそれは大変だった。



 そんなことを慧は思い出した。



「行っていいよね?」



「もちろん、知っている人もいるかもよ」



「私の大学の文化祭にも来る? 同じ時期だからお互いの行けるよね」



「俺がレナの大学に? 行けるかな」



「迎えに行くよ!」



「良いの?」



「いいよ。で、その次の日に慧ちゃんの大学に行こう! 私もそっちでゆっくりしたいし」



「了解」



「それでね、この間一緒に遊びに行った人とはどうなったの?」

 少し訊きづらそうに訊いてきたレナ。



「特に何もないけど?」



「ホント?」



「うん」



「そっか…」



 なぜか彼女の反応が薄い。





「どこで出会ったの?」



「バイト先でね。そこで働いている人なんだよ」



「そっか、じゃあ年上?」



「そうだね、少し上かな」



 ケイコの見た目は二十一、二歳ほど、慧よりも数年年上だと思っていた。



「年上が好きなの?」



「だから付き合ってないっての!」



「フラれたなら慰めるよ?」



「フラれてないわ!」



 いつもの二人。



 慧をいじりながらも明るくなれるレナ、レナに振り回されながらも元気になる慧。



 お互いに必要なことを補い合っている。



 その後は他愛ない話を少しして電話を切った。



 電話を切る際の、切り際の寂しさをお互いが感じた。



 二人のすぐには会えない距離が、そうさせているのだろうか。





「しかし、これははたしてデートだろうか」



 これも二人らしくて良いと思った。

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