高校受験のレナ その1



 慧は目を覚ました。



 ここ数日はすぐには眠れなかった。



 そして少し早く目を覚ましてしまった。



 いつもなら旅館でバイトの時の時間だ。



 もう行く必要はないのに、気にしてしまう。



 随分長い夢を見ていたような気もする。



 それにしてはあっという間な夢な気もした。



 どこかありえないファンタジーで、どこかありそうな日常を映した夢だった。



 フワフワとして高揚感に体は包まれている。



 夏休みは残すところ数日。



 ゆっくり過ごそうと決めていた。





 電話が鳴った。



 画面には「レナ」の名前が表示されている。



「もしもし」



「やっほー、慧ちゃん」



「どうしたの? 電話してくるなんて珍しいね」



「うん、何となくね、気分。約束、忘れてないよね?」



「ん?」



「忘れたとは言わせないわよ?」



 レナとの約束は一つだけだ。



「あぁ、もちろん覚えてるよ。出かける予定だったね」



「そうそう、デートの約束。いつ会えるかなと思って」



 レナはデートだということを強調する。



 デートというかなんというかと慧は思うが、特にツッコまない。



「もう少し涼しくなってからにしようか」



 夏の残暑が今年は長い。もう九月だというのにまだまだ暑い日が続いている。



 慧は奥手気味の夏バテ気味である。



 夏のバイトの疲れが今になって効いてきているのかもしれない。



「そうね。そういえば、来月になったら文化祭あるよね? 慧ちゃんの大学。私行ってみたいなぁ」



「普通の田舎の大学だよ。気になる?」



「私も行ってかもしれないじゃない? 気になるよ」





 そこでレナとの過去を思い出した。



 レナは昔から慧の姉のようなところがあったが、とにかく慧のことを気にかけていて来た。



 いつでも彼の近くにいることが多かった。



 慧には、そんな彼女の話で印象的なことが一つある。



 それは中学生時代。



 中学三年生の時は慧と同じ高校に行くと言って、担任に止められていたことだ。






「佐々木、君の成績ならもっと偏差値の高い高校に行くことも簡単だぞ?」



「はい、でも私はあの高校に行きたいんです」



「しかしなぁ…」

 担任は腕を組んで口を尖らせた。レナの決断に納得いっていない様子である。




「どうしても、行きたいんです」



 レナはこう言ったらテコでも動かない頑固さがある。



 それはレナ自身も良く自覚し、自分でもそういう性格だと言っていた。



 彼女は他人に対してはどこまでも優しいが、自分にはとにかく厳しい。



 だから頑固というよりも芯の強さがすごいと慧は思っている。



 担任との面談は話がまとまらないという、珍しい事態となった。




 その後、レナの親とも三者面談、さらには学年主任を交えた四者面談まで行われるといった優等生が経験しない異例の事態となっても彼女は変わらなかった。





 説得されて心配になるようなそぶりも見せなければ、逆に意地になって不貞腐れることも反抗することもなかった。




 最初から最後までレナは動かなかった。



「どうしてあの高校に入りたいの?」



 慧はレナに問いかける。



 志望校は全く普通の高校、何に魅力を感じているというのか。



 慧は純粋に疑問だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る