居場所
「こんな感じですかね」
「意外と早い時間に解散をしたんだね。健全で何より!」
アスカは慧が話し終わるのを興味深そうにウンウンと聞いていた。
「そっか~。楽しそうだね。私今年海見に行かなかったなぁ」
「彼氏と行かないんですか?」
いつもアスカにはいじられてばかりなので、少しばかりお返しをしたい気持ちになった。
悪戯心の出来心だ。
「彼氏なんていません~!」
アスカが目をぎょっと大きくして言う。
「そうなんですねー」
「ちょっと慧君、自分で仕掛けてきてその反応はないわヨ?」
「え?」
「聞きたいなら言うけど、私の理想は高いよ~」
アスカはヒヒヒと笑う。
「でもホント慧君この一カ月でいろんな表情を見せてくれるようになったよね」
ケイコもうんうんと頷く。
「そうですか?」
「そうだよ、前だったら『彼氏と行かないんですか?』なんて絶対言わなかったもん! 他人に興味なさそうというか、避けてるというか、些細な関りもしたくないって頑なな感じだったもん」
「これで終わりなんてもったいないね」
皆に言われる。
もうじきバイトが終わる。
「最初は別になんとなく大学生の夏休みはバイトするだろうってそんな安易なものだったんです。やる気もなかったし。誰かのために何かするなんて」
自分でも不思議に思うほど、変化を感じる。
自分の性格がこうだったのかと驚くばかりだ。
「まさかケイコさんに頼まれて町案内までしちゃうなんて、自分でもこんな面があったなんてびっくりです」
「優しくしてくれてありがとう」
ケイコは目を細めてにこりと笑う。
「ケイコちゃんその言い方にその表情は勘ぐっちゃう感じだねぇ」
「そ、そんな変なことは無かっただけですから!」
慧のほうが焦って否定をする。
「?」
ケイコはキョトンとしたまま慧の様子を見る。
「まぁ、優しいのは最初から感じてましたけどネェ」
「そうですか?」
「最初は何でも迷惑そうな気配を漂わせていたけど」
「伝わってるじゃないですか」
「他の人では隠せるだろうけどね。ここにいる人には難しいヨ!」
確かにこの旅館は人生経験豊富なものが多すぎる。
どんな些細なことでも見透かされてしまう。
そんな彼らに「もったいない」と言われてるということは、少なくとも人間性に問題がないということであろうか。
そんなことよりも自分が旅館にとって役に立てっていると言われたようで嬉しくなった。
自分にも居場所が一つできたのだ。
生きていてどれほどの人がこんな風に自分を受け入れてもらえる場所に出会えるだろう。
大切な場所だ。
いつまでも大切にしたいと慧は思った。
ふと気が付くとター坊が慧の膝の上でスヤスヤと眠っていた。
「ター坊の休む場所にもなれたかな」
そっとター坊の背中を撫でた。
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