夏休みとバイトのおわり…?
終わりが近づいてきて
秋の風が黄昏館に吹き始めたころ、慧の夏休みは終わりを迎えようとしている。
「もうすぐ慧君もこのバイト終わりだね」
女将は掃除中に彼に話しかける。
「そうですね」
空はいつの間にか秋になっている。
終わりが見えればあっという間だったと感じる。
慧のバイトは、夏休みの終わりと共に終わる。
約一カ月、本当にいろいろなことがあった。
慧は頭の中で振り返る。
緊張した面接から始まり、まさかこんなに変な旅館だとは思わなかった。
本当にいろいろな人と出会った。
ここまでいろいろな人に囲まれて過ごすのは久しぶりだった。
自分は人付き合いが苦手だと思っていた。もちろん今も苦手なのは変わりないが、楽しく過ごすことができたと思った。
すべて出会ったみんなのおかげだ。
それが今終わろうとしている。
寂しいものだ。
(寂しいと思うなんて、最初のころからじゃ考えられないな)
バイトなどしなくても良いと考えていたあの時からは考えられないほどに、この旅館に来られて良かったと思っている。
「慧くーん! ケイコちゃんと遊んだのー? デートどうだったー?」」
アスカが駆けてくる。
ケイコから聞いたのだろうか、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「おやまぁ、そうだったの」
女将も興味深そうに反応する。
「デートではないんです!」
「隠さなくても、別にうちは職場恋愛大丈夫だよ」
女将はオホホと面白そうに笑う。
「だから違いますって」
「何したのか、詳しく教えてよ~?」
「さ、忙しいので働きますよー」
慧はそこからそそくさと逃げ出した。
「逃げられた。でも、ここからは逃げられないぞ!」
お昼の休憩中。
慧は一人本を読んでいた。
「慧君、何読んでるの?」
アスカが慧の本を覗き込んでくる。
「これはファンタジーの小説です」
あの日ケイコにも紹介して、彼女も読んだ小説だった。
慧はいろいろな小説を読むというよりも、気に入った小説を何度も何周もすることが多い。
この小説は特に慧のお気に入りで何回も読んでいる大のお気に入りである。
アスカは作者の名前をチェックした。
「あぁ! この人ね!」
「知ってるんですか? アスカさんもこの人の作品好きとか?」
アスカは首を振る。
「ううん、アタシはそんなに詳しくない。でもこの人は知ってるよ」
「そうなんですか」
「そういえば慧君は何学部で勉強してるの?」
「経済学部です」
「経済に興味あるんだ?」
そういうわけではなかった。
「いえ、この大学に入るって決めていただけで。俺、何にも学びたいものがなくて、『経済なら何かの役に立つかもな』ってそんな理由で決めちゃったんです」
慧は高校時代を思い起こす。
クラスメートたちは「アレがやりたいからあの大学のあの学部に」などと言っていた。
そのたびに彼自身は複雑な気持ちになった。
自分には何もない。
同じ年なのに先を行く彼らに負い目を感じていた。
空っぽの自分に。
そんな自分がいたから、経済という社会を学び世の中とかかわりを持とうとしたのかもしれないが、慧はそうとは思っていなかった。
「俺、親を事故で亡くしてるんです。それ以来何かいろんなことにあんまり興味を持てなくなっちゃって」
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