解散と電話



「ここまでで大丈夫ですか?」



 映画を見た後、二人は慧の住む町まで帰ってきた。



 その頃には、黄昏の空が広がっていた。



「うん、ありがとう。ここまでで大丈夫」



 慧は旅館に繋がるトンネルまでケイコを送ってきた。



 ケイコは車を降りた。



 慧は窓ガラスを開けた。



「慧君、今日はどうもありがとう! とっても楽しかった!」



 ケイコはペコリとお辞儀した。



「俺も楽しかったです。ありがとうございました」



 なかなか大変な一日だったが、本当に楽しいと思った。



 ケイコとだからこそ、できたこともあっただろう。




「また遊びに行ってもいい?」



 ケイコは眉を下げて訊いてくる。



 困ったような、不安そうな顔。



 まるで、「断らないで」と訴えかけてくるような瞳。



 魔性の表情。



 そんな顔をして誰か断れるものがいるだろうかと慧は思う。



 世の男女が必死で考えるモテる技を彼女は持っている。




 彼女は、恐らく彼女は、好意の有無に関わらず、顔見知りの人間には誰にでもできるタイプなのだ。





 もしも彼女が生きた普通の人間だとしたら、男たちはイヤでも彼女の魅力に心をつかまされているだろう。




 もしかすると、生前の彼女はそんなことも経験していたのかもしれない。



 




 しかしそんなことは関係ない。



 彼女は慧にとって旅館の大切な仲間である。



 たとえ彼女がどんな表情をしても答えは決まっている。



「良いですよ」



 ケイコの顔がパアッと晴れる。

「ありがとう!」



「でもその代わり、次来るときは驚かさないでくださいよ? あんな登場の仕方されたら、命がいくつあっても足りないんで」



 ケイコは口元に手を添えて大きく笑った。



「うん、わかった。次は違う方法を考えるね!」



 そうではない、普通にしてくれと慧は思ったが何も言わなかった。



 やはり彼女は不思議だ。



 これを天然娘というのだろうか。



 だとすればとても面白い人だ。



 楽しい人だ。



「はい。じゃあまた明日」

 ケイコは小さく胸のあたりで手を振った。






「ふう。しかしハードな二日間であった」

 慧は自分の部屋のベッドに飛び込む。



「一晩寝てないだけなのに、久々に感じるな。このベッドの感触」




(ここにケイコさんが…)



 自分以外の人間がここにいた。




 彼女がここにいたことを思い出す。




 いつもの自分の香りのほかに、柔らかく甘い香りがほのかに混じっている。



 サラリとシーツを撫でる。



 そこまでしてハッと我に返る。



「ダメだダメだ! このままだと変態になってしまう、……明日、布団干そう」

 気持ちを香りからそらそうと、携帯を見る。




 気持ちを香りからそらそうと、携帯を見る。




―どうだった? 連絡するのは早すぎたかな?―




 レナからのメッセージが入っていた。



 そうだ、レナにはすぐに連絡を入れなければならない。



 疲れに忠実になり、ベッドに寝転び、シーツなどを触ってる暇などないのだ。




「!」




 慧はすぐに電話をかける。



 頼む出てくれと、念を入れる。



 胸は痛いほどに音が鳴っている。




 彼女が応えるより前に慧は声を上げる。



「もしもし、レナ⁉」



「慧ちゃん? 今大丈夫なの?」

 レナは小声で話す。




「何が?」



「ごめん…お取込み中だったらと思って……」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る