電話相手はモチロンあの子



(考えても何も出ないなら…)



「一番やりたくないことなのに……」

 慧は電話を取り出した。



「友達がいないことを今日ほど恨むことは無いな」


 ある人に電話をかけた。


 数回のコール音。


「もしもし? 慧ちゃん?」


「レナ、ちょっと相談したいことがあって」




 慧は目を瞑る。


 今から自分は最低な人間になる。



「できれば怒らないでほしいんだけど…」



「何? どうしたの?」



 電話越しでも伝わってくる心配。



 一度目を閉じて、呼吸を整える。



 心臓が大きく胸を打っている。




「二人、ドライブインでコーヒーを買って、海を見た。そのあとどこに行く? できるかぎり話をしなくていいところがいい」




「え? 慧ちゃん、今女の人と二人でいるの?」



 レナの動揺が電話越しからでも伝わる。



 一緒にいるのが女性であると、バレている。



 こんなことしたら、怒って電話を切られて、縁も切られるかもしれない。



 しかし頼れるのは、彼女しかいない。



 しばらくの沈黙。



 不安が慧の中で大きく渦巻く。



「…………映画でも見に行くとか?」



「映画か、なるほど」



「ち、ちょっと、どういうことなの? 誰といるの?」



 当然のごとく、レナは焦っている。



 当たり前だ、他人と遊びに行くアドバイスを当日中に求める者がいるのだろう。



「ごめん、こんなことはレナにしか頼めなくて。詳しいことは今は話せない!」



 電話の向こうから深いため息としばしの沈黙。



「……まぁ、そんなの良いけど。ちゃんとあとで聴かせてよね」



 少し低い声。



  あれもこれも気にかかるが、それも今の慧には問題ではない。



「ありがとう、本当に」



「良いから早く切りなよ。他の人と長く電話してたら、相手の人が怒るよ?」



「あぁ、うん。そうだな。じゃぁまた」



 電話を切る。



 自分のしたことなのに、自分の感情がここまで乱されるとは。



(俺は最低だ)



 同時にレナのほうが辛い気持ちになっているのにと慧は考えた。



(あれ? なんでレナのほうが辛いって思ったんだろう)



 レナは最高だ。



 怒らずアイデアも出してくれた。



 優しさに甘えすぎているか。




「さて」



 海風に吹かれているケイコを呼ぶ。



「ケイコさん」



 彼女が彼を見る。



「…………映画でも見に行きます?」



 映画館なら、暗いし、上映中は話はすることもない。



 確かに名案だ。



(涼しいし)



「うん、いいかも。行ってみたいな」



 ケイコは優しく微笑んだ。



「ここから近い映画館は隣町か。行きましょう」

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