慧の両親



(今夜は長くなるぞ)

 慧は紅茶を一気飲みした。




 ケイコはというと、読みやすい一つの漫画に目が留まったようで、何巻か読破してしまった。



「面白いね、この漫画」



 ベッドの上でくつろぎながら楽しそうに漫画を読むケイコ。



 幽霊ゆえに、より白い足をあらわにしている。



 意識せざるを得ない。



「慧君はどんなものが好きなの?」



「俺はファンタジーの小説とか好きですね」



「どれがそうなの?」



「これとかですかね。何回も読み返しちゃうんです」



 本棚から何冊か取り出しケイコに手渡す。



 お気に入りの作家の作品である。



 主人公たちが魔法や剣で自分の運命の敵に立ち向かう物語。



 読みやすさとキャラクターたちが魅力的で好きだった。



 一番は、最後が絶対にハッピーエンドであること、これが一番の理由だ。



 どんな困難に打ちのめされても最後は希望溢れる、幸せ溢れるハッピーエンド。



(まさか自分がファンタジーの世界に飛び込むことになるなんてな)




 毎日濃い時間を過ごしている。



「あれ…」



「何か?」



「ううん、何でもない」



 彼女は小説を読み始めた。






 ふいに、彼女があることを尋ねる。



「そうだ、慧君のご両親は?」



 慧は固まる。



 触れられたくない過去に触れられた。


 あまり話したくない過去、話せない過去。



 それが両親に関することである。





 それでも、

「俺の両親は、いません。ずっと前に亡くなりました。事故だったんです」



 話してみることにした。



 一歩踏み出してみた。



 両親のことを思い出させてくれたケイコに知ってほしいと思ったからかもしれない。



 旅館の仲間に知ってほしかったのかもしれない。



 受け止めてほしかったのかもしれない。



 慧自身も気が付かないほど小さく、変化が訪れていたのかもしれない。



 そのためなら良い機会だったのかもしれない。



「そうだったんだ。だからおじいさんとおばあさんと暮らしているんだね。悪い事訊

いちゃったかな?」



「そんなことないです。いつかは訊かれることでしたから」



「会いたい?」



「うーん、どうでしょう。会いたい気持ちはもちろんありますけど」



「お盆では帰ってきてなかった?」



「この間に帰ってきてるか見てましたけど、その時はわからなかったですね」



「そう」



 それ以上ケイコは訊いてこなかった。



 ケイコ自身が幽霊といわれる存在だからかもしれない。



 ケイコの様子に慧は少しだけ安心した。



 そして、夜が明ける。

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