徹夜決定



「凄いドキドキしてる」



 ケイコが慧の耳元でささやく。



「!」



 再びバッと起き上がる。



「寝かせないつもりですか?」



「?」

 ケイコはキョトンとする。



「寝られない?」



「……寝られないですよぉ……」



 涙が出そうになる。



「ケイコさんは無防備すぎるって自覚してください」



「?」



「美人の上に、男泣かせのことをしてるってことですよ」



「ありがとう」



「……褒めてないですぅ」




「寝られないなら、お話する? 私は相手になるよ。慧君の部屋見てもいい?」

 ケイコは微笑む。



 慧は頭を抱える。



(あなたがいるから寝られないんだよって言いたいよぉ!)


 彼女をこの部屋から追い出せば、慧は眠りにつくことができるだろうが、彼女はどうなるか。



 優しい彼女のことだ、言えば出ていくのだろうが…。



 もう無理だと、慧は悟った。



 今夜眠るのは諦めよう。



「いいですよ。お話ししましょう」



 慧がベッドの上に座ると、ケイコもベッドに乗ってきた。



「……やっぱり机を挟んで向かい合って座りましょうか」



「私ベッドに触るの初めてで、こんなに気持ちいいんだね。私はここにいてもいい?」



「ケイコさんってアスカさんより大胆ですね」




 さすがにアスカも男の部屋に乗り込んできて、男のベッドの上に居座るようなことはしない、と思いたい慧である。





(いや、あの人ならやりかねん! わかっててやるタイプなんだよな)




「そう? ありがとう。なんだか嬉しい」




「ハハハ………、褒めてないですけどねぇ。ベッドにいたいならどうぞ。ちょっと飲み物とってきます」




 慧は部屋を出る。



 ふぅと大きく息を吐く。



 自分の部屋なのに居心地が悪い。




 慧は台所から紅茶をポットに入れてカップを二つ持ってきた。



 ケイコはマットレスを手のひらで撫でていた。



 もう一歩の手では慧のぬいぐるみを太ももの上に置いて撫でていた。



(なんか申し訳ないなぁ、明日風に当てて干そうと思ってたから)



 淹れたての紅茶をカップに注ぐ。



「私の分も? ありがとう」



 ケイコはベッドから降りて床に座った。



「いただきます」



「一応夜何でカフェイン入ってないものにしてます」



 多分ケイコには必要ないし、慧も今夜は眠れないので意味がないと思った。



 むしろカフェイン入りのほうが正解だとも思う。



「美味しいね」



「おばあちゃんが紅茶にハマってて、ちょっといい茶葉を買ってるんです」




「ウチの旅館でも美味しい紅茶とかあればいいな。今度女将さんに相談してみようかな」




 ケイコは本棚の本を出し読みだした。



 小説、漫画、教科書、図鑑なんでも取り出しては「これは何?」と訊いてきた。



 慧の隣に来ては一緒のページを見せてきた。



 その姿は若い女性というよりも、幼い少女のようであった。




(今夜は長くなるぞ)



 慧は紅茶を一気飲みした。

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