寝られる?



「明日お休みだよね。私もお休みだから一緒にどこか行かない?」


 ここで断る選択をできないのは、これまでの旅館でのバイトの経験と直感で感じる。


「わかりました……いいですよ」


「良かった、ありがとう! 明日が楽しみ!」


 ケイコはパァと笑顔になった。


 ケイコは慧の部屋の椅子に腰かけた。


「え? ここにいるんですか?」


「いけない?」



 ケイコは首をかしげる。



「いけないっていうか、普通…男の部屋に一晩居座ろうとする女の人っていないと思いますよ」



「そう……」



 ケイコはしょんぼりと肩を落とす。



(なんなのよ、この人)



 清楚なの、そうじゃないの、と不思議である。



 慧はケイコにも振り回されっぱなしである。



「私、行くあてもないし。慧君と離れたらどうなるか……」



 ケイコは自分の黒髪を撫でる。



 ここだけ聞いたらとんでもない口説き文句である。



「……わかりましたから、あんまり部屋の中観察しないでくださいよ? 恥ずかしいんで」



「ありがとう! 本とか読んでもいい?」



「はい、お好きにどうぞ。俺は寝ます」



 慧はベッドの中に入り込む。




 向こうの方でケイコが動く気配がする。



 ケイコが何かを手に取っている。



 本を選んでいるのだろうか。



 どんな本を選ぶだろうか。



 気になる。



 いやでも意識は向こうに向いてしまう。






 こんな状態で寝られるわけがないと思った。








「寝られない?」



 ケイコが耳元でささやく。



「!」



 バッと起き上がるとベッドの傍にケイコがいた。



「寝かしつけなら、ター坊とかやってるからできると思うよ」



 今度はとんでもないことを言い出した。



 無理に決まってる、眠れるはずがない。



「大丈夫なんで、自由に本読んでてください」



「慧君の部屋に押しかけて、慧君が寝るのを見届けないなんてダメかなって」

 ケイコは両手の指を絡める。



「俺はター坊と違って寝られますから!」



「ほら寝転んで」



 そんなことは聞こえておらず、マットレスをポンポンと叩くケイコ。



「…………はい」

 素直に寝転ぶしかない。



 ケイコが慧の胸のあたりに手を置いて、トントンとゆっくり優しく叩く。




 懐かしさを覚える。



 子供の時の記憶。



(そうだ、お母さんにやってもらっていたんだ)



 自分の両隣に、父と母が寝ていた。



 眠れないときは母が自分の胸をトントンと優しく叩いてくれた。



 その振動が心地よくて、見守られてる安心感で眠りにつくことができた。



(そうだったなぁ)



 久々に両親の記憶を思い出した。



 安心感に身を包まれて幸せな気持ちになった。



 眠りに落ちていこうとする。



(でも今は…)



 束の間の安心を感じたが、今隣にいるのは幽霊の女性である。



 自分と血のつながっていない女性に寝かしつけをされている。



 意識しだすと止まらない。



 緊張で目がギャンと冴える。



「凄いドキドキしてる」



 ケイコが慧の耳元でささやく。

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