山の上のカフェ



 随分山を登ってきた。



 結構な距離があったはずだが、レナは話っぱなしだったので退屈しなかった。



 昔と変わらない二人の会話。



 慧は久々な心地よい会話のリズムに懐かしさを覚えて安心する。



(最近はすごい会話ばかりしていたからな)



 アスカ達、旅館の仲間を思い浮かべる。



(ホント、こういう普通の会話って貴重だわ)





 そして、レナとの会話、時間は慧にとって何か特別な気持ち、むず痒さを胸に抱かせた。




「ここよ、ここ!」



 車を止めて、外へ出る。



「空気がおいしいね!」

 レナは大きく空に向かって伸びをする。



「気温が低くて涼しいな」



「夏とは思えないね。私なんて都心にいるからさ。全然気候が違うよ」



 ここで吹く風は湿気を運んでこない。



「入り口はあそこね!」



「またおしゃれなカフェを見つけたね」



 木々のトンネルの奥にカフェの建物。



 山の中にひっそりと「オープン」の札をかけている扉。



 葉っぱが揺れてザワザワと音を立てる。



 非現実的な雰囲気。



 少し黄昏館に似た雰囲気がある。



「いいでしょ? 雑誌に小さく紹介されていてね。絶対来たいと思ってたんだよね」



「そうなんだ」






「慧ちゃんとね」





「ん?」




「なんでもなーい!」

 レナはさっさと店内に入っていった。




「いらっしゃいませ」

 人の良さそうな優しい顔の店主が迎えてくれる。




「テラス席にしますか? 店内の席にしますか?」



「テラスにする? 気持ちよさそう」



「いいよ」



「ご注文は何になさいますか?」



「おすすめは何ですか?」




「ジュース系がおすすめですよ、自家製のシロップを使っているものもあるんですよ。こちらにあるメニューにあるものがそうですね」

 店主はメニューに手を添えて説明する。




「慧ちゃん何にする?」



 レナはメニューを手渡してくる。



「リンゴとヨーグルトのジュースにしようかな」



「うん。私ははちみつレモンソーダにする」



 レナが店主に注文をしている。



「先に席に行ってて。私持ってくから」



 テラス席は入り口の裏側にあった。



 テラス席への扉を開ける。



「これはまた、自然だ」



 適当な席につく。



「お待たせ! はい、これが慧ちゃんの」



 レナに飲み物を手渡される。




「ありがとう。いくらだった?」

 慧が財布を取り出すと、レナがそれを制した。



「今日は良いよ! いらない!」



「なんでよ⁉」



「私が来たかったお店だし」



「そんなのいいよ」



「いいからいいから! 私にごちそうさせてほしいの!」



 レナの強い思いに押し切られるように、慧はソッと財布をしまった。



 レナの優しさに甘えてしまう。



「じゃあ、ありがたくいただきます」



 ストローを挿してジュースを口にする。



「あ! 美味しい」



 リンゴの甘みが美味しい。



 ヨーグルトも酸味が強すぎず、優しい舌触りが嬉しい。



「こっちも美味しい! 暑いときは炭酸だよね!」



「そっちも美味しそうだね」



「飲んでみる?」

 レナは自分の飲み物を渡してくる。



「いや、いいよ!」



 同じ飲み物を飲むのは恥ずかしい、と咄嗟に慧は首を振った。



「じゃあ慧ちゃんのも飲んじゃダメ?」



「ダメだね」



「ケチんぼ!」

 レナはむすっと頬を膨らませた。



(間接キスじゃん、そんな恥ずかしいことできないわ!)

 慧は心の中で突っ込んだ。




「ホント気持ちいいよね」



「昔はよく森の中で遊んだよね」



「小学生の時か」




 小学生時代、よく二人で遊んでいた。



 森の中、山の中、夏は特にそういったところで遊んでいた。



 記憶は別の記憶を連鎖させて連れ起こす。





 慧は思い出す。




 レナと同じクラスだった小学校のことを。




 あの日のことを。

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