出会う夏と、去る夏
「静かになって、ちと寂しいねぇ」
ケイコのバーの手伝いをしているときに仙人に話しかけられる。
「仙人も明日ここを発つんですよね?」
「うん、また他の世界を見て回ろうと思ってね」
仙人は世界を旅しているという。
異世界放浪者ということになる。
「今までどんなものを見て来たんですか」
慧は仙人に尋ねる。
広すぎる世界を旅する仙人に興味がわいた。
「いろんなものだね~。慧君の住む世界も見たことはあるけど、そこと比べると違うかな。世界そのものの成り立ちから、そこに住む人、全てが違っているね」
違うという言葉は、慧の考えている「違う」よりも重い力のある言葉な気がした。
様々な能力を持った者たちが住む世界、それはきっと想像もできない「違い」なのだ。
「俺の世界のものとは違いすぎて、怖すぎます」
仙人はフッと口角を上げる。
「良いことも悪いこともたくさんあるねぇ。いろんな人と出会うし、好きな人も多いよ。逆もまた然りだけどね」
異質な者たち、好きと嫌いの幅もとても広くなりそうだ。
「いやだなって人と会った時はどうするんです?」
「何でも見方次第で良くも悪くもなる。自分の気の持ち次第でね。だから意外と考え方を変えると何ともなかったりするもんだよ。人を変えるより自分を変える方が楽だからね」
仙人はサラリと言う。
しかしそう簡単に割り切れる話ではない、と慧は思う。
イヤな人はどこまでもイヤな人なのだ。
付き合っていかなければいけないが、そう考えてしまう。
我ながら子供っぽいと慧は思う。
「でも、どうしても合わないときもありますよね」
「そう、合わないこともある。合わないときは」
「そんなときはどうするんです?」
「そんなときは避ければいいのさ。別に毒を食べ続けて慣れる必要はない。合わないものは合わないと割り切って他のものを食べる。他のものと出会う。それでいいのさ」
慧はこの間の津軽の言葉を思い出す。
イヤなものは嫌でいい。
そう割り切るのが難しいのだが、それでいいと言ってもらえるのは珍しかった。
今までの大人たちは「皆仲良く」という人が多かった。
そう割り切るのが難しいことは、経験からわかっているのだが。
「人生経験豊富な人は言うことが達観してるね」
ケイコが慧にささやく。
「ですね」
「長く生きてるとね。まぁ、今じゃ僕のほうが鬱陶しがられる側になっているかな。気を付けないとね。ごめんね、慧君ケイコちゃん」
仙人は歯を見せてさわやかに笑う。
「いえ、そんなことないですよ」
どこまでもスキのない大人である。
次の日、仙人は旅館をチェックアウトした。
「お世話になりました」
「いつもありがとうございます」
「次はいついらっしゃる予定ですか?」
仙人は旅に出ると言っていた、かなり長くなるのだろうかと慧は考える。
(世界を旅するなんて。俺の世界でも凄いかかるだろうからな。何年も行くのかな)
「そうだねぇ。とりあえず、一カ月ってとこかな」
「短っ!」
「ハハハ! 期間は決めてないんだ。慧君、君は僕の本気を知らないようだねぇ。今
度一緒に行こう!」
「……考えておきますね」
仙人はもう一度大きく笑って旅館を出発していった。
「当たり前ですけど、皆いなくなってしまうんですよね」
静かな時間が戻ってきた。
暇ができると、頭を余計に使ってしまう。
当たり前のことに過剰に何かを感じてしまうことがある。
「そうだねぇ。ここは宿、旅人たちのためのひと時の止まり木、だからねぇ」
「寂しいですね。去って行ってしまうのを見送るのは」
それでも「さようなら」が言える瞬間があるのは良いことだと慧は思う。
あのときはそんなことが無かったから……。
「でもそれもこのお仕事の魅力だよ。お客様には『まだ帰りたくないよ』と思ってもらえるようにね」
「一期一会か」
出会う夏と、去る夏。
「そのために、目の前の大切な人に一生懸命に心を込めるのが大切だね」
そう言って女将は笑顔で仙人を見送った。
「さ! また新しくお客様が来るよ! 準備しなきゃね。オホホ」
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