送り盆の日



「毎年この時期はとっても忙しいけど、あっという間に過ぎてしまうね」

 カウンターで女将はしみじみと言う。



「過ぎてみると本当にあっという間ですね」



「静かになって寂しくなるんだよ」



 すると「モウ!」と旅館の外から何かが鳴く声がした。



 慧が戸を開けてみると、そこには牛によく似た生き物がいた。



 何頭もずらりと並んでいる。



「あの世からのお迎えが来たね」



「え⁉ 俺死ぬんですか?」



 慧が驚くと、女将はケタケタと笑った。



「違うよ、幽霊のお客様のお迎えだよ」






 お盆も終わる時期、あの世からの魂が帰る時が来たのだ。



「これに乗って帰るのか」



 馬に乗ってきたのだから、帰りもそれに近いものに乗るだろうが、今度は牛とは。




「割と精霊馬って正しいんだな」





「うわぁ、お肌が私よりツルツル~!」



「な~に言ってるの! アスカちゃんのほうが若くてツルツルの肌だよ~」



 アスカは幽霊の女性とお互いの肌を褒めあっている。



「また来るからね!」



「はい! お待ちしています!」



 がっちりと握手を交わす二人。



 いつの間にか仲良くなっている。



 アスカは持ち前の明るさを活かして宿泊客と距離を縮めるのが得意である。



 一人一人に声をかけている。



 皆彼女と話すのを楽しそうにしているように見えた。



 他の幽霊の宿泊客たちもゾロゾロとチェックアウトを済ませるためにラウンジに集まってくる。






 今日は送り盆の日。



 幽霊たちは向こうの世界へ帰る日である。



 幽霊たちはチェックアウトが済むと、迎えの牛の乗って出発していく。



 慧は彼らを連れてきた日のことを思い出す。



 あの時はとても驚いたが、それもこれも良い思い出となっている。



「お兄さん、お世話になりました。ありがとね」



 彼らに別れのあいさつをされる。



「いえ、こちらこそありがとうございました」



 皆の満足そうな顔を見る。



 彼らと出会えて良かったと思う。



「お兄さんがいて良かったよ!」



 ここ数日、そう言われることが多かった。



 慧自身も彼らに対してそう思う。



 多くの人に囲まれて過ごす、目まぐるしい時間の過ぎ方。



 今まで他人と付き合わないようにしてきた慧のライフスタイルでは味わえない刺激。



 過去ならば不愉快に感じていたものも、今は心地よく感じる瞬間がある。



 それはきっとこの旅館で過ごしているから。



 皆が慧のことを見てくれるから。




「僕も皆さんとお会いできて良かったです」



 そう慧が言うと、幽霊はパアと温かく笑った。








「お世話になりました! 最高に楽しかったです!」



 若者の男性の幽霊が旅館の皆に挨拶をした。



 後ろには女性の幽霊もいる。



「それは良かったです。またいつでもいらしてくださいね」



 女将が笑顔でお辞儀をする。



「二人で来た旅館が、ここで本当に良かったです!」



「私達、出会って初めての旅行なんです」



 後ろの女性が話し出す。



「出会って初めて?」



「はい、俺たち死んだ後の、あの世で出会ったんです」



 彼のほうがそう告白した。

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