果実、実食
「まぁ、皆さん、こちらを見てください。珍しいものが見られますよ!」
津軽がみんなを手招きする。
そこにはカエルのような見た目の生き物がいた。
カエルに襟巻が生えている感じである。
のどが「ゲコゲコ」と動いている。
ゲコゲコとは鳴いていない。
「この生き物は夜になると『ピコンピコン』と鳴くんですよ。旅館の近くでも鳴いているので聞いたことある人がいるかもしれませんね」
そう津軽が言うと、客たちはウンウンと首を振った。
慧も聞いたことがある。
初めてバーで仕事をした日の夜の音だ。
「この生き物は昼間は土の中に隠れていることが多いので、姿が見られるのは珍しいですよ」
カエルにそっくりだなと慧は思った。
また一行は森の先を進んでいく。
随分と奥地に入り、完全な樹海である。
はぐれたら遭難してしまうだろう。
そのころには太陽はすっかりと高く上がっており、気温もかなり上がっていた。
参加している皆、汗をぐっしょりとかいている。
「皆さん、ここで少し休憩しましょう。あそこで飲める水も湧いていますし、この木に実っている果実は生のまま安全で美味しいですよ」
津軽は近くの枝についていた実をジャンプしてとった。
実は手のひらに収まるほどの大きさで、黄色と青色の二色が絡み合ったような模様をしていた。
「毒のある見た目ですけど…?」
客の一人が顔をしかめる。
「そう見えますか? でも皮をむいてみると…」
津軽がその果実の皮をむく。
中から丸いツルンとした半透明の可食部分が現れた。
ゼリーのようにプルプルとしている。
「すごい、こんな中身なんだ」
「食べてみますか?」
津軽が男性に手渡す。
(さすがにそれは……、津軽さん、危ないんじゃないの⁉)
慧は心の中で手を伸ばす。
男性は渡された果実をじっと見つめる。
「ジュル!」
男性が果実を頬張る。
瑞々しい音。
「! 美味い」
それを見ていた他の者も津軽から果実を受け取り食べた。
「美味しいぃ!」
「ウンマ!」
驚きの声が上がる。
「栄養価も高いんですよ。おまけに長く果実がなっているので、長く楽しめますよ。この辺にいる生き物にも大人気でね。秋ごろになると熟して発酵するんで、それを食べた動物が酔っ払っちゃったりするんです」
「ちょうどあそこに動物がおりますね」
津軽が崖の上にいる動物を指さす。
大きな角を持った動物がみんなと同じ果実を食べていた。
「へぇ~、動物も好きなのか。訳が分かるなぁ」
「酔っ払った動物は何するか分からないから危ないので、秋にここに遊びに来る方は気を付けてくださいね」
「家の酔っぱらいも脱ぎだしたり笑いっぱなしになるけど、動物も同じかぁ」
一人の女性が旦那のほうをニヤニヤとしながら見る。
「……面目ない」
旦那は頭を搔いた。
(俺は止めておこう)
慧は食べるのをやめておいた。
慧が果実を下ろすと、足元に何かが現れた。
「ター坊……、来てたのか」
ター坊はツアーのみんなを追ってここまで来たようである。
慧の持っている果実をじっと見つめているター坊。
「……食べる?」
慧が果実をター坊の目の前に出すと、ター坊は小さな手で果実を持った。
そしてシャクリと頬張った。
目をキラキラとさせながら食べている。
その後、いろいろ森を歩き回り、旅館に帰ってきた。
特に何も起こらなかった。
初心者ツアー(?)、これにて終了。
(穴とか、植物とかはあったけど、そんなにすごい危険はなかったな。良かったけど)
死んでしまうほどの危険なものは確かにある。
それでも、この森、この世界は美しいと思った。
そこで慧はあることを思いつく。
「まさか、アスカさんに騙されたか…?」
割と大げさに伝えてきたのだろうか。
アスカのいたずら娘の顔が頭に思い浮かんだ。
「まぁ、結局は津軽さんがいたから危なくなったんだよな」
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