黄昏館の日々と不可思議の森

津軽のガイドツアー

 あの世からの客が来て以来、早一週間が過ぎた。


 忙しさに最初は大変だと思ったが、慣れてきた。



「慧君、今日は津軽さんの仕事を手伝ってもらえるかな?」



 女将が慧に声をかける。



「お客様が多いからね、津軽さん一人だと少し大変かもしれないからね」



「野菜の収穫の手伝いとかですか?」



 女将は首を横に振る。



「今日は津軽さんのガイドツアーを見て来てもらいたくてね」



「ガイドツアー⁉ そんなのやっていたんですか?」



「お客様から要望があってね。『この辺を見て回りたいけど、よくわから

ないから案内してもらえないか』って」



「お客さんから言われた時だけやってるんだよ・いわば裏イベントみたい

な感じ!」



 アスカが女将の後ろからピョコンと顔を出す。



「津軽さんは詳しいんですね」



「津軽さんは長年この辺に住んでいるからね。誰よりも詳しいよ」



「女将さんも詳しそうですけど」



「私もある程度はわかるけど、ガイドできるかと言われるとね。毒のある植物とか見分けたり、危険な生き物を避けられるか、お客様を守れるかは不安だからねぇ」



 女将はオホホと笑う。



「え⁉ 危険があるんですか?」



 全身の毛が一気に逆立つ。



 慧の中で不安の一気に膨れ上がる。



「うん、あるネ!」



「結構ヤバめですか?」



「……そーだねぇ。場合によっては、かなり」



 アスカの言葉に慧は絶句する。



 危険とは無縁の楽園のような場所であると慧は思っていた。



 しかし、ここにもそれはあるのだ。



「まぁまぁ、津軽さんもいるし、大丈夫!」



 アスカは親指を立てた。




***




「あのー……」



 慧は外で作業をしている津軽に声をかける。



 声に感情も力もこもっていない。



「慧君、今日はよろしくお願いしますね」



 津軽は優雅にお辞儀する。



 声に感情のない慧とは対照的に、津軽の声は軽やかだ。



 すでに女将から話が行っていたようである。



「じゃあこれ」



 津軽は慧に麦わら帽子を手渡す。



「はい……」



 旅館から人間、幽霊、妖怪など見た目も全く異なる宿泊客たちが集まってくる。



(俺も随分この景色に慣れたなぁ)



 慧もすっかり人間以外の客に驚くこともなくなっていた。



「皆さん、今日はよろしくお願いします。ガイドをします、私が津軽と言います。何かありましたら私か慧さんにおっしゃってくださいね」



 客から拍手が起こる。



「今日は天候をみてあちらの方向へ向かいたいと思います」



 津軽が手で進む方向を示す。



 青々とした森が向こうに広がっている。



 その先には高い山、夏でも山頂には白い雪が残っているのが見えた。



「少し勾配が急な所もありますから、汗をかくと思います。水分補給できるものを持ってくださいね」



「はーい!」



 客が返事する。



「最後に皆さん、この先はすごい素敵なものもありますが、同時にいろいろ危ない個所もありますから十分気を付けてくださいね」



「さぁ出発!」



 津軽がみんなの先頭で歩き出した。



(せっかく慣れてきたのに、こんな命がけのツアーなんて聞いてないって……)



 皆の一番後ろを行く慧はげんなりしていた。

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