幽霊たちと慧
午後からは少し旅館は落ち着いた。
昼食を食べる客が去ったからである。
慧も落ち着いて旅館の仕事をすることができた。
旅館内の掃除をしていく。
とはいっても、客のほとんどは幽霊なので特別旅館のどこかが汚れることは無い。
いつも通りの掃除をしていく。
慧は女将、アスカと共に受付とラウンジを掃除していた時、
「あ、ちょっとちょっと! お兄さん、お名前はなんていうのかしら」
向こうから女性が駆け足で慧のもとに寄ってきた。
年寄りの女性である。
彼女も幽霊である。
「石岡、慧です」
女性は優しく微笑んだ。
「慧さん、というのね。連れて来てくれてありがとうね」
「いや、自分が連れてきた、というか…」
慧は言葉に詰まる。
そんなことは気にしないというように、女性は慧の両手を握った。
「私はこの世を去ってからこの間帰って来るまで、ずっとあの世にいてね、暇だったんだよ。向こうの世界のこともよくわからないし…」
今度は女性が言葉に詰まる。
目は少し潤んでいた。
「でもここに来ることができて、いろんな人と会えて、久々に嬉しかったよ。いつでもいろいろな所へ行けるんだってことも学べたしね」
女性が慧の手をぎゅっと包み込む。
「本当にここに来れて良かったよ」
体温なんて、感じない。
そのはずなのに。
感じないはずのに、温かかった。
(幽霊が冷たいっていうのは勝手な思い込みか)
そんなことは、今は良い。
自分がいたから彼女はここに来られた。
するとゾロゾロと他の幽霊たちも慧の前に立つ。
「ありがとうね。おかげでこんな良い旅館で養生できたよ」
幽霊たちは次々と慧の手を握る。
「あぁ、いえいえ。そんな大したことはしてないです」
彼らは自分がここでバイトしていなければ、来られなかったかもしれない、と慧は思う。
そう思うと、ここでバイトを始めたことを良かったと、初めて明確に思った。
「なんか慧君、神様みたいだねぇ、もしくは預言者」
アスカがニヤニヤしながら嬉しそうに話す。
今日も仕事が終わった。
旅館を後にする慧、その後ろからアスカ。
「今日の夕日は綺麗だな」
今までも何回も綺麗で、何回も見た夕日。
それが今日はどこか特別だった。
「慧君、なんか嬉しそうだね」
アスカが慧の顔を見る。
「そうですか?」
食堂で仙人にも同じようなことを言われたことを思い出す。
そんなことない、普通だと言いかける。
しかし今日はその言葉がなぜか違う気がした。
「そうかもしれないです」
そう言うと、アスカが少し驚いた顔をした。
「何ですか?」
「いや、今日はすごく素直というか…」
アスカはニッコリと笑った。
「何か、慧君、今後良いことありそうね!」
「?」
「アタシね、勘がいいのよ!」
「何ですか? それ」
「まぁまぁ、いいから! 良いことだ! 良い子、良い子!」
ワシワシと慧の頭をなでた。
「止めてくださいよ!」
(言わないほうが正解だったか)
そう言って頭を撫でられる慧の顔が笑顔なのをアスカは気が付いていた。
(この旅館に来てから、初めてちゃんと笑ったね)
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