光の玉の変身



 今日は忙しいので仙人にばかり構ってもいられない。


 慧は食堂を忙しなく動き回る。




「お兄さん、大きいネェ!」



「……」


 長く泊まっている大男のダイは、幽霊たちに囲まれて、心なしか小さくなっている。



 幽霊も酒を飲むと愉快になるものが多いのは変わらないようだ。



「かー! 久しぶりにこっちの世界で酒を飲んだが、やっぱりいいなぁ!」



 酔っぱらいの幽霊たちが涙ぐむ。



「あの世では酒はないんですか?」



 生きている生身の宿泊客が幽霊に尋ねる。




「いや、酒はあるんだが、こっちの世界の酒のほうが俺は好きでね。特にこの旅館で飲む酒が格別なんだよ! 美味い酒に、美味い料理、そして最高の旅館の環境! こんな場所はどの世界にもそうあるもんじゃないんだよ」




「確かに、ここで飲む酒は美味いもんなぁ」



「そんな酒の話をしながら、美味そうに飲むと俺も飲みたくなってきたなぁ。おーい、こっちにも酒を持ってきてくれぃ!」



 食堂の客が次々に食事を肴に酒を飲み始めた。



 また食堂は賑やかになった。



 コロちゃんズも客たちに酒を運ぶために、セッセと動き回っている。



「慧君、お食事運んでくれる?」



 お盆に乗せられた温かい食事である。



「はい、でもこれみんな同じメニューなんですか?」



 食事は誰であっても同じであるようだ。



 実体化している幽霊は食べられるが、実体化していない彼らは食べられるのだろうか。



「ダイジョブダイジョブ!」

 アスカはウインクする。



 慧は実体のない幽霊たちにも食事を配る。



(これ、食べられるのかな? 出すだけでお預け状態だったら可哀そうだよね)



 そんな不安を抱きながら食事を運ぶ。




「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」



 彼らの前に食事を配膳する。



 彼らは少しもぞもぞと動く。



「!」



 食事から昇る湯気を吸いこんでいるように見える。



 湯気が彼らに吸い込まれていく。



 そして実体のない魂たちもここで食事をとると、次第に姿が現れ始めた。



「…」




 慧は固まる。



 また不可思議なことが起こった。



「美味しいですね!」

 先ほどまで光の玉だったものが、今は人の姿となり笑顔で慧に話しかけてきた。




 慧はペコリとお辞儀する。






「…ごゆっくりどうぞ」

 そして速足でアスカのもとへ向かう。




「どういうことですか⁉ 人間の姿になったんですけど?」



 その一言でアスカはすべて察し、ニヤリと笑う。



「この世界の神秘だね!」



 アスカは胸を張った。



「すっごい都合の良い言葉ですね」




「まぁ、亡くなると食事をする必要もなくなるじゃない? 人の姿を足り戻すためには生前の行いをすることが大切なの。特に『食べること』、食事とは命を頂くこと。『命』 というものに直接かかわっているからね!」




「ほう…」



 アスカが何か大切なことを説明してくれているが、慧にはよくわからない。



(要は食べると、元に戻るんだな)

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