忙しい旅館



 祭りのあと、黄昏館は多くの客で溢れかえった。



 客のほとんどは昨日帰ってきた幽霊たちである。



「すごいお客さんの量ですね!」



 それまでの落ち着いた雰囲気から一転、旅館はてんてこ舞いである。



 宿泊のための部屋の用意、掃除、食事すべてがとにかく忙しかった。



 幽霊の客は人の姿をしている者もあれば、光の玉のような者もいた。



「毎年お祭りの後はこうなのよ。今日からしばらく忙しくなるよぉ!」



 忙しくても誰にでも愛嬌は欠かさないアスカは頼もしい。



 今日はケイコも昼であるが、働いている。



「ケイコさんもこういうときは昼から働くんですね」



「こういうときはね。私はいつでも働けるんだけどね。女将さんが気を使ってくれてるの」



 ケイコは優しく微笑んだ。


「慧君、あんなにお客様を連れてくるなんてすごいね」



「連れてくるというか、勝手についてきたというか、ストーカーされたというか…」



 お客さんへの言い方があんまりかとも思ったが、それ以外の言葉が出てこなかった。



「確かにね」

 ケイコはフフフと無邪気に笑った。





 ター坊はというと、

「かわいいタヌキ!」

 と、言って温泉に入りに行った少年にテクテク付いていった。


 自分の手拭いをしっかり両手に抱えて温泉に向かっていた。




「ホント人好きなんだな」




 特に食堂と温泉は客でごった返した。



 黄昏館は泊まらなくても昼食のみはとることができる。



 温泉も日帰り入浴が可能である。



 だから宿泊部屋の数以上に客の数が多い。



 いつもは割と空きのある食堂がいっぱいである。





「今日は賑やかだネェ」



 仙人が昼から酒を飲みながら楽しそうにしている。



「お祭りの後だから、らしいです」



 慧がそう言うと、仙人は面白そうに目を細めた。



「慧君、なんか嬉しそうだね。良いことでもあったかい?」



 仙人は慧の姿を見て愉快そうにしている。



「え? どうしてです?」

 慧は問う。



「この間会った時とまとっているものが違うんでね」



「まとっているもの…?」

 慧は首をかしげる。



「そんなに気にしないで」

 仙人は朗らかに笑う。




 仙人の言うことはこの間から理解がしづらい。



「この間より、『表情が柔らかいな』、と思ってね」



 確かに気分は良いが、それを他人から指摘されるのは、あまりいい気分ではない。



(ホント、天邪鬼だよな)



 我ながら慧はそう思う。




 ニコニコしていても、人から「楽しそうだね」なんて言われると、途端に真逆の気分になってしまうことがあったと思い出す。




 そういうことを言ってくる相手には「自分の何を知っているんだ」と勝手にその相手を避けてしまうことがあった。


(素直になれば、見える者も変わったんだろうか)



 後になって、壮行会をしたことが何回もあった。



 それでもそうなることが難しいのは慧自身がよくわかっていた。



 何も言えなかった。






 しかし、


「ありがとうございます」


 しかしそうは言っても慧も大学生、このくらいを言うことはできる。



「うん、慧君今度ゆっくり話そうね」



 仙人は上機嫌にグラスを慧に向けて上げた。



「はい、そのうちゆっくりと」



 未成年なので酒を飲み交わすことはできないが。



(そのうちは、そのうちだから。いつでもいいんだよね)



 勿論慧のほうから誘うことは無いと決めている。




 今日は忙しいので仙人にばかり構ってもいられない。



 慧は食堂を忙しなく動き回る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る