幽霊たちの帰還
時刻は黄昏時、日が西へ沈みかけ、空全体が黄色に染まる頃。
空には黄昏月が現れた。
「さぁさ、あの世の魂たちが帰ってくるよ!」
アスカが天を仰ぐ。
月がきらりと光る。
月から光が降り注ぐ。
キラキラとした何かが地上に向かって降りてくる。
「おぉ!」
慧にとっては初めての経験である。
魂たちが帰って来たのだ。
天に上った魂たちは馬によく似た動物に乗ってドカドカと通りに駆け込んでくる。
生きている者にぶつかってもすり抜けるので、気にせず猛スピードで突っ込んでくる。
我先に進んでくる様子は、まるで競馬のレースのようであった。
「なんか、イメージと違いました。もっとゆったりとしているもんかと」
「みんな楽しみにしてるからね。その気持ちがこうなってるのよ」
あの世の魂側からも激しい雄叫びが聞こえてくる。
「ヒュー!」
「行くぜー!」
「おぉぉぉぉぉぉ!」
絶え間なく魂たちは地上に降り立つ。
流れは止まることを知らない。
「俺、こんな光景初めて見ました。毎年この祭りに来てるのに、何で今年は見えるんだろう」
「それはね、慧君がこの旅館でバイトを始めたからだよ。慧君は旅館で人間以外のものと接しているよね。常に他の『気』みたいのに触れていることになる。だから慣れたんだよ」
「そんなものがあるんですか」
「人間の生きている世界は人間の割合が大きいからね。その中にないものは必要ないから、ほとんどの人は見えなく、見なくなってしまうんだよ」
「見えれば、死別とかも寂しくなくなるのにな」
慧はそう呟いた。
「ほんと、勿体ないよねぇ」
アスカがそう言うと、女将も会話に入ってくる。
「でも、住む世界が変わるからね。別世界の者といつも会ってたら生活しづらくもなるしねぇ」
祭りの会場は生きている人以上に幽霊が集まっている。
そして、
「すみません、たい焼き下さい!」
幽霊がたい焼きを買いに来た。
顎ひげをたくわえた老人の幽霊である。
傍には女性の幽霊がいる。
恐らく生前の夫婦だろうか。
二人の見た目年齢は少し違う。
もしかすると、妻のほうが先に亡くなり、何年か後で夫が亡くなったためであろうか。
「いらっしゃいませ! あ! こんにちは!」
アスカが幽霊に挨拶する。
「今年も来たよ!」
女性の霊が微笑む。
「嬉しいです! 楽しんでってくださいね! あとコレ、旅館の
チラシです!」
夫婦の幽霊はたい焼きを頼むと、慧にお金を払った。
幽霊がお金を持っていることに驚いた。
「!」
「お兄さんは初めましてだね」
「頑張ってね!」
夫婦は慧に微笑みかける。
その笑顔がすごく幸せそうで慧は印象深く思った。
「ありがとうございます」
幽霊たちは等しくみんなが幸せそうに見えた。
慧は知らない死後の世界、向こう側の世界。
それはどんな世界なのだろうかと、少しばかり興味を持った。
もちろん普通の人間には幽霊は見えないので、タイミングが大切である。
人通りが少ない時に幽霊たちは買いに来た。
お客が幽霊の時には、たい焼きと一緒に旅館のチラシを渡した。
旅館の宣伝をするのだ。
幽霊を接客中、慧がちらりと店の外を見ると、奥で小さい女の子が不思議そうにこちらを眺めていた。
(傍から見たら『客がいないときに何をやってるんだろう?』って思うだろうな)
幽霊たちは各々住宅の屋根などに上り、楽しそうに見物している。
心なしか、幽霊たちのほうが生き生きしているように見えた。
「ヤ―レーヤー!」
「ドードードー!」
幽霊たちは流れていく山車をみて思い思いの掛け声を叫ぶ。
「絶対自分の今後の生き方に影響ありますわ」
ぽつりと呟く。
死んでもこうして戻ってくることができることを知った、幽霊たちのほうが生き生きしているのを知った。
この先今まで通り一生懸命生きていけるだろうかと慧は少し不安になった。
(いや、不安になる必要もないかもしれない。ある意味)
そうして夜は深くなっていく。
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