たい焼き屋


 祭り当日のこと、黄昏館の出店は裏路地のひっそりとしたところに灯りをともした。



 まだ陽は高い。



 祭りが始まる前だが、すでに人は集まってきている。



 祭りに参加する子供たちは練習をしたり、大人たちは山車の打ち合わせをしたり、出店を出すものはテントを組み立てたり、それぞれ祭りに向けて準備を進めている。



 活気ある通りが夏の熱気をあおる。



 町全体がどこかそわそわした雰囲気に包まれている。



 そんな中を慧は歩いて出店の場所へ向かう。




 慧とアスカは祭り開催場所に直接向かった。





「二人ともこっちだよ」

 女性がひょこりと顔を路地からのぞかせる。



 黄昏館の女将だった。



 今日はかんざしの代わりに頭に手拭いを巻いている。



 袖も短い着物を着ている。



 特注だろうか。




「女将さん、今日は背が高いですね」



 女将の背は普通の女性と変わらないくらいの高さになっていた。



「オホホ、今日は着物の下で高い下駄に乗っているからねぇ」



 女将がお茶目にステップを踏む。



 女将が動くと「カランコロン」と独特な音が鳴った。




「魔法の力で浮くとかじゃないんですね」



 オホホと女将は高らかに笑う。



「でも女将さんいなくて旅館は大丈夫なんですか?」



「大丈夫だよ。カゲロウちゃんも、ケイコちゃんも津軽さんも、コロちゃんズもいるからね。私が少しばかり出かけても大丈夫だよ」



 旅館の出店の暖簾には「たいやき」と書かれていた。



「たい焼きを売るんですか?」



「そう! 毎年ここでたい焼きだよ」



 毎回規格外の旅館である本物の鯛でも焼くのかと、慧は思ったが、


「あんこも生地もカゲロウさんが作ってくれたものだよ! これがまた美味しいんだ! 生地は外はカリッと、中はふんわり! あんこは甘すぎず食べやすい!」


 アスカはぺろりと舌を出した。



「…それは普通のたい焼きか」





 早速開店の準備を始めた。


「どうかな、味見してみてくれるかい?」



 女将がアスカと慧にたい焼きを二つ出した。



「はーい! いただきまーす!」


 アスカは焼き立てアツアツのたい焼きを頬張る。


「熱い! けど、おいしい!」


 口元に付いたあんこを拭いながら笑う。



「いただきます」


 慧もたい焼きを一口。


「うん、おいしい」


 たい焼きは久しぶりに食べた。



 生地の香りが広がる。



「特に生地がおいしい」



「あ。わかる! 生地って大事だよね。私あんこの入ってない部分を食べるのも好きなの!」



 女将が満足そうに微笑む。


「じゃあ大丈夫そうだね」







「私達人間がバイトをするのって『なんで?』って思うよね。それはね、こういう事情もあるからなんだよ! こっちの世界に来れる人は限られているからね。旅館の人だと、人間以外では女将さんだけがこっちに来られるんだ! やっぱり人の世界に溶け込むには人が一番だからね!」




「なるほど、そういうことがあったんですね」



 合点がいった。



 およそ人間など平凡な能力をもつ者たちが働くのはすごく変だと思っていたが、こういう事情があったのだ。



 人間にしかできないこともあるということだ。



「もちろん、それだけじゃないよ」



 女将はそう言った。



 他に何か、どんなりゆうがあるのだろうか、と慧は訊こうかと思ったが、夏の間だけだからと思っていたので訊かないでおくことにした。



 店の準備ができたので開店した。



「いらっしゃいませ~!」

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