夜が深くなって
(これは・・・、アスカさんとはまた違った危険な匂いがする人だ)
慧の直感がそう捉えた。
それから少しの間慧はケイコの隣でバーに立っていた。
少し酒を飲みに来る客はいたが、やがて一人、また一人と減っていった。
遂に、バーに来る客は誰もいなくなった。
静寂の空間に、慧とケイコがグラスを片付ける音だけが響く。
少し沈黙が長いと慧は思った。
ちらりとケイコを見る。
慧の隣でケイコは静かにグラスを洗っている。
幽霊だからか、必要以上に静かだ。
「大体、これくらいのお客さんの人数何ですか?」
恐る恐る口を開く。
ケイコは慧のほうを向いて穏やかに答えた。
「うん、この時間になると落ち着くね。またあと数時間するとお客さんが来るの。『目が覚めちゃった』って。ここは夜が早いからみんな眠るのが早いけど、そのせいで目が途中で覚めてしまう人も多いらしいの」
「あぁ、そうなんですね」
「それからまた落ち着いて、夜明け前になるとまたお客さんが来るの。日の出を見ながら飲みたいとか、朝風呂に入ったから朝から贅沢で飲みたいとかね」
「そう考えると、夜も忙しいですね」
「お客さんがいないときは片付けとかしているからね。やることは意外とあるかもね」
ラウンジではター坊が一人ぽつんとソファーで眠っている。
「スー、スー」
自分の五本ある尻尾を大事そうに抱っこして眠っている。
気持ちよさそうである。
「ここで寝たら気持ちいいだろうな」
慧はター坊に毛布をかけた。
「慧君、もう終わりの時間だよね。あとは私がやっておくから大丈夫だよ。今日はありがとう。お疲れ様」
「はい。お疲れさまでした」
慧が帰ろうとすると、女将が声をかけてきた。
「お疲れ様。明日はお休みだね。ゆっくり休んでね」
やはり女将はまだ仕事をしていた。
「はい。お疲れさまでした」
旅館の敷地内では宿泊している家族が花火を楽しんでいる。
花火の閃光がまぶしい。
慧は迷惑にならないように、気が付かれないように、そっと敷地の外へ向かう。
外は夜、街灯がない。
涼しい風が吹いている。
もう少し夜中になれば、肌寒さを感じるような気温になるだろう。
しかし真っ暗ではない。
星々の明かりが美しい。
「こんなに夜って明るいんだ」
庭にはキラキラとしたものが辺りを漂っている。
ホタルだ。
昼間の庭もまた見事だが、夜の庭もまた見事だった。
延々と広がる大地と、空が繋がっている。
「初めて見たなぁ」
意図せずにその場に立ち止まってしまった。
初めての景色に感嘆の息が漏れる。
まるで宇宙の中を歩いているようだと思った。
そしてここに生息しているといわれる動物の鳴き声。
騒がしいのに、うるさいと思わない。
ここには「何か」がある。
向こうの世界では得られない何かが。
「・・・自転車乗ってくのは危ないな。暗すぎて見えない」
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