静かなバーで
仙人は強かった。
何となく想像はついていたが、かなりの将棋の腕前だと慧は思った。
そして、本気を出していない。
相手のレベルに合わせて、指し方を変えているのだ。
それでも彼の棋力は圧倒的だった。
恐らくこれは慧のことを「見る」ための将棋だったのだ。
そして慧の人との付き合い方を見抜かれてしまった。
今あったばかりの人間に。
少々悪い趣味だと慧は思った。
「気を悪くしないでくれ。別にこれが正解というわけじゃないし、慧君の秘密を訊きだすようなことはしないよ」
仙人はまた朗らかに笑う。
やはり仙人と呼ばれることだけあって、物腰柔らか、余裕のある大人である。
「しかし対局中の姿勢は素晴らしいよ。君の人柄はとても信頼できそうだね。どう思うかな? ケイコちゃん」
仙人は横で見ていたケイコに話を振る。
「えぇ、そう思います。とても素敵な人ですね、旅館にいる人みんなが言ってますよ」
ケイコが微笑む。
慧にとって信頼できるなどというのは人生で初めていわれた言葉であった。
彼自身覚えている範囲で、そんな言葉をかけられたことはない。
慧は基本的に人付き合いが良くないと思っている。
特に初対面の人間からは「扱いにくい」と思われてきた人生であると考えている。
だから仙人とケイコの、これらの言葉は少し嬉しかった。
「ごちそうさま。うまい酒が飲めたよ」
仙人は席を立ち、自室へ戻っていった。
バーは少し静かになった。
「ピコンピコン!」
外から何やら高い音がする。
「もうこの季節かぁ」
外の月あかりを見ていた客がしみじみと呟く。
この客は頭から二本角が生えている。
「いやぁ、良いですなぁ。風も気持ちよく、景色も最高。酒もうまい! 極楽ですなぁ」
この客は人間。酒を飲んで顔が真っ赤になっている。
種族、住む世界が異なる者たちが仲良く酒を飲んでいる。
その向こうではター坊が他の宿泊客と何かを飲んでいる。
「タヌキ君、毛がふわふわで気持ちいいね~」
代わる代わるに体を優しく撫でられ、ター坊は気持ちよさそうに目を細めていた。
異常であるが、ここでは日常。
「何なんですか? この音」
慧はケイコに外から届く音について尋ねる。
「これはね、この近くに生息している生き物の鳴き声だよ」
「面白い鳴き声ですね」
「この声を聴くと夏の夜だなぁって思えるんだよね」
ケイコはウフフと控えめに笑った。
そして気持ちよさそうに伸びをした。
「う~ん・・・」
色気のある憂を含んだような瞳なのに、汚れの意味さえ知らないような少女の純粋な表情。
(これは・・・、アスカさんとはまた違った危険な匂いがする人だ)
慧の直感がそう捉えた。
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