バー開店
「慧君は、グラス洗ったり、テーブル片付けたりしてもらっていいかな」
「はい、わかりました」
バーが開くと、食堂にいた大人たちがチョコチョコ入ってきた。
バーのカウンターで飲んでも良し、ラウンジで飲んでも良し。
夏の期間はラウンジの大きな窓は解放されているので、夜の月明かり、星明りを眺めながら過ごすのも風流である。
今日は月明かりが小さい。
星がよく見えた。
家族で泊っている客は星を眺めたり、花火を楽しんだりしている。
旅館の近くは夏でも陽が沈むと涼しい風が吹く。
町で生活しているよりも快適に過ごすことができる。
バーに来る者たちに他にも人気な過ごし方がある。
「レモンサワーありますか?」
客から注文が入る。
ケイコはボトルを取り出し、レモンを切り、絞る。
カウンターからはケイコのお酒を作る様子がよく見える。
優雅な動き、しなやかな指使い。
何か、時間がゆっくり流れているような気さえする。
ケイコの手が奇麗な形をしているからだろうか、なぜか見入ってしまう魅力がある。
客はうっとりとしてその様子を見ている。
「どうぞ」
コトリとグラスを男の前に出す。
「ごゆっくりお楽しみくださいね」
男は酒を受けとっただけなのに、より酔っ払ってしまっている感じである。
「あぁ、ありがとう」
ケイコを見て酒を飲む者も多いのである。
今は男が一人であるが、多い時にはカウンターにずらりと客が並ぶとアスカが言っていた。
アスカとケイコが立つときにはそれが多くなるのだという。
人懐っこいアスカと物静かに微笑むケイコ。
対照的な二人は、まさに看板娘二人。
・・・そうアスカは言っていた。
この男の様子を見ると、アスカの言っていることは間違いではないのだろう。
すでに夕食で酔っ払った客がケイコをカウンターで見つめ、うっとりとする。
「ケイコちゃん、今日も美人だねぇ」
ケイコは一言「ありがとう」と言って、ただ男に向かってはにかんでいる。
男には角が生えている。人間の客ではない、鬼である。
「うーん、ケイコちゃんに作ってもらうとよりおいしいねぇ」
男はグラスの氷をカランカランと鳴らす。
ケイコは静かにはにかむ。
男はケイコの様子を気に留める様子もなく、一人語りを延々続けている。
横でグラスを磨いている慧は不思議そうに男を見つめる。
話しているのに反応が微笑まれるだけ、不安にならないだろうか、と慧は思う。
しかし男は何も気にする様子もなく、むしろ満足そうにしている。
「こらこら、その辺にしときなよ、旦那」
着物を着た男が突如、男の背後に現れた。
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